22・これからの事

 薄く目を開けると、知らない天井が見えた。ここ、どこ……? そうだ、あたしはお城の医務室で倒れて……。


「エアリス! 目が覚めたのですね! 良かった!」


 あたしはベッドに寝かされている。そして、傍にいるのはカステリアさま。ええ、これどういう状況?!

 慌てて起き上がろうとするけど、全然身体に力が入らない。


「あ、動いてはいけません。そなたは危ないところだったのですよ。魔力の使い方を知らないのに、無茶をするから……。でも、そのおかげもあって、エドガーさまは大丈夫です。だから心配しないで」

「魔力……?」

「そうです。生粋の天使でないそなたには、ろくに魔力などないだろう、と誰もが思っていました。別に必要もないしと思い、その在りようや使い方を教えていなかったのが悪かった、とシャルムさまは随分悔やんでおられました」

「あたしに、魔力があるんですか」

「そうです。だってエドガーさまの比翼なんですから。でもどうやら、元が人間だったせいか、文献にある事とは色々と違いがあるようで、今、エドガーさまとそなたがどういう状況にあるのか、誰にも、エドガーさまにさえ、はっきりと解らないのです」


 カステリアさまは、比翼について説明してくれる。

 シャルムさまが病室の前で教えてくれた通り、エドガーがあたしに自分の翼の付け根の羽根を抜いて挿して翼を与えてくれた事、あれは比翼の儀と言って、魂を共有する同士になるものだったそう。普通は、夫妻や恋人同士のどちらかが、命に係るほど翼を傷めた時に行うものだそうで、与えた方は自分の生命力も同時に、かなり相手に与える事になる、と……。


「そ、そんな! それこそ、大事な身体なのに?! なんであたしなんかの為に!」


 あたしはがくがく震えてしまう。あたしはエドガーの寿命を削ってしまったの? そうだ、シャルムさまは『兄上は多分、ご自分の命をきみに分け与えられた』なんて仰っていたじゃない! あの時は、国王陛下夫妻の登場で、その意味をよく考える余裕がなかったけれども。なんで。どうしてそんな事までしてあたしを助けたの?!

 だからあたしがエドガーを抱えてお城に帰った時、シャルムさまは最初から怖い顔をしてたんだ。自分の目の前からエドガーが消えて、その事実を察したから。レガートさまが、「リベカの毒なんかエドガーさまの力ならどうってない」って言った時に怒ったのも、エドガーの体力が元のようではないと、ご自分だけが知っていたから……。


「エドガーさまがどういうおつもりでそんな事をなされたのかは、ご本人に聞いてみなければ解りません……。お務めをあれだけ大事に考えておられるのに……。でも、エアリス、そなたのせいではありません。だから自分を責めないで」


 カステリアさまは優しい。でも、自分を責めるななんて無理。だって、あたしは好きな人の寿命を奪ってしまっている。

 この時、扉が叩かれて、入って来たのはレガートさまだった。


「あ、良かった、やっぱり目が覚めてた。ありがとう、カステリア。ごめんねエアリスちゃん、女の子の寝室に入るなんて。でもまだ暫く動けないし、早く色々知りたいでしょ?」

「あ、はい。庇って頂いてありがとうございました。でも、やっぱり、って?」

「エドガーさまが、『そろそろあいつ目覚めそうな気がする』って仰るんで、飛んで帰ってきたんだよ」

「エドガー、いま、どこにいるんですか?」


 比翼の話に動揺して、一番大事な事を聞いてなかった。


「だいぶ回復されて、ご自分のお館で静養なさっているよ。もう働けるのに医師が許可を出さない、って怒ってる」

「もう働ける? そんなの無理でしょう。それに、あの、腕は……?」

「エアリスちゃん、自分で癒したじゃない。もう後遺症の心配はないって医師は言ってるよ。だから、大丈夫だよ。一緒に住めなくはなっちゃったけど、他は全部元通り」

「あたしが? 癒した?」

「そうだよ。エアリスちゃんが自分で思ってるより、エアリスちゃんの力は大きなものなんだよ。それを、元々安静にしてなきゃならない身体だったのに、力を全部エドガーさまに注ぎ込もうとするもんだから、焦っちゃったよ。魔力の扱いがうまいシャルムさまが上手に抑え込んでなかったら、あのまま暴走して、エアリスちゃん死ぬとこだったんだよ……」


 その時の事を思いだしたのか、レガートさまはうかなげな顔つきになる。


「あたし、死んでもいいって思ってました……あたしがエドガーから生きる力を貰ったせいで、エドガーは酷い目に遭った……だったら、力を返せばいいって……そしたら何もかも元通りになるって……」

「エアリスちゃん。そんな事思っては駄目だよ。そんな事は絶対エドガーさまの為にならないから」

「それにエアリス、比翼は片方が死ねば相方もやがて弱って死んでしまうさだめ、と言われています。何しろ例が少ないし、あなたとエドガーさまは特殊なので、絶対とは言えませんが……。でもとにかく、エドガーさまの為にも、そなたは生きないといけないのです」


 畳みかけるように二人から説教される。


「でも、あたしが生きてる分だけ、元々あったエドガーの時間を奪ってしまっているのでしょう?」

「それが、そうでもないみたいなんだよね」

「……え?」

「僕にもよく解らないけど、エドガーさまは、『務めはちゃんと任期まで果たす。それくらいは考えてる』って自信ありげに仰るからさ……」

「任期。つまり、次の王様に王位を譲るまで、という事ですか? その期間って決まってるんですか? 最初に与えられた寿命が来るまで、エドガーは王様の務めを果たせる、って、そういう事ですか?」


 このあたしの問いに、レガートさまとカステリアさまは一瞬困惑したように視線を交わした。


「そう……いう事だと、思うよ」

「エドガーさまはお務めに対して偽りを仰る事はないわ。だから、大丈夫なのよ、きっと。エドガーさまは特別な方ですから」


 お二人の心遣いは有り難いのだけど、なんだかやっぱり何かを隠されていると感じてしまう。早くエドガーと会って話したい。でも、あたしもエドガーもそれぞれ安静を要して出かけられなくて……。


「っていうか、ここは、レガートさまのお館なんですか?」

「ああそうだよ。エアリスちゃんの部屋だよ。気に入ってくれると嬉しいけど。僕は女の子の好みなんてよく分からないから、カステリアに相談して家具とか誂えさせたんだけど」

「そんな。あたしなんかの為に、お二人をそんなに煩わせてしまって……すみません……」

「カステリアは、エアリスちゃんが三日三晩眠っている間、付いててくれたんだよ。エドガーさまのとこの、侍女のマニーと交代で。最初はあんなに仲悪かったのに、エアリスちゃんには、人を惹きつける力があるんだね」

「ええっ!! カステリアさま、そんな事……」

「べ、別に大した事はしていません。丁度用事もなかったし、ちゃんと睡眠もとっていましたから、何も恩を感じるような事でもありません。……エアリス、リベカの事では、わたくしも責任を感じているのですよ。逆恨みして堕天し、エドガーさまやそなたを害そうとするような心の持ち主だと気づかなかったわたくしは愚かでした」

「そんな、そんな事、誰にもわかる訳ないじゃないですか」

「……まあまあ。わかんなかったのはみんな同じなんだから。そろそろ反省会はやめようよ。それより、これからの事を考えた方がいいよ」


 これからの事。


 あたしはエドガーのお館に居られなくなって、レガートさまのお世話になる事になった。レガートさまがああ仰ってくださらなかったら、本当に牢屋に入れられてたかも知れないのだから、とても有り難く思わなければならない。おまけに、眠ってる間に素敵なお部屋まで用意して貰って。

 だけど、いつまでこれは続くんだろう? シャルムさまは、『兄上は誰とも結婚するつもりはないと思う』なんて仰っていたけど、あの王妃陛下の勢いと、エドガーの両親に対する神妙な態度を考えると、本当に王妃陛下の要求を断り続けていられるんだろうか、と思ってしまう。

 エドガーが結婚しちゃったら、たとえ王妃陛下のお怒りが収まったとしたって、あたしはエドガーの所へ帰れない。

 だってあたしは気づいてしまった。エドガーを好きだという気持ち……。


「あの……やっぱり、エドガーは王妃陛下の仰った通りに結婚してしまうんでしょうか?」


 言葉にしたら、涙が出て来たので、あたしは布団をずり上げる。お二人はあたしを見て、すぐに目を逸らした。


「さあ……王妃陛下はとにかく、エドガーさまのお子様を一刻も早く、と望まれているのです。わたくしたちは、本当にエドガーさまをお慕いしていますけれど、エドガーさまに取り入ろうとする令嬢たちの中には、エドガーさまの御子を産めばそれで一生地位が保たれる、という目的の者もいます。勿論、エドガーさまはそんな目論見は見抜いておられると思いますけれどね」


 カステリアさまは、やや悲し気なお顔でそんな事を言われる。


「子ども? そんなの、結婚したら、そのうち出来るものだろうし……エドガーのお妃になれば、それだけで一生安泰じゃないですか……?」

「そうだね。でもエドガーさまは、元々殆どの者を信用されてなかったから、『俺は種馬じゃねえ! 好きでもない女との子どもなんかいらん!』って、陰でずっと反抗してたんだよ」

「……元はと言えば、わたくしがエドガーさまの信用を失ってしまったからいけなかったのです」

「カステリア、反省会はやめようって言っただろ」


 レガートさまとカステリアさまは幼馴染だから気安いみたい。エドガーはカステリアさまと子どもの頃に婚約の話があったのに、カステリアさまが何かエドガーの為を思ってした事が元で喧嘩になって、エドガーは誰とも結婚なんかしたくなくなった……。


「どうしてそんなに急ぐんですか? エドガーはまだ19歳でしょう? シャルムさまは、『あと半年以上は何もない』って仰ったけど、でも、王妃陛下は、半年以内に結婚させて子どもを作らせたい、って事ですか?」

「半年? シャルムさまが仰ったの?」

「ええ、あたしが、『明日にでも怖い事が起こるんじゃないかと思うと耐えられない』って言ったから……」


 レガートさまとカステリアさまは再び視線を交わし合う。何だか段々核心に近づいてきている気がして怖い。

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