39・希望と、絶望と、その先と

「こころ……やさしききみよ……」


 涙を止める事は出来ないけれど、シャルムさまの叫びで、たったひとつ、あたしに出来るかも知れない事を思い出すことは出来た。歌で、癒す事……。


「いつも……やさしききみよ……

ともにありて常に笑んだ優しききみよ 我を残しいま逝くのか

ともにありて我を助く強けしきみよ 我を残しいま安らぐ

光溢るるときも 雪吹雪けしときも ともにありて救いとなり

陽(はる)の温かき日も 雨に打たれし日も ともにありて救いとなり

こころやさしききみよ 我とあれ 我とあれ

いつもやさしききみよ 我とあれ 我とあれ……」


 騒めいていた中庭はしんと静まり、涙声で必死で歌うあたしの声だけが響いた。恥ずかしいなんて思う余裕がある訳ない。あたしの歌に本当に癒しの力があるなら、全ての力を使い果たしても構わないから、レガートさまを助けて!

 お葬式で歌う歌で、「我とあれ」は、私を見守っていて下さい、という意味なんだけど、それは、人間界では決して死んだ人は帰らない、って解っているからこそ。でもあたしは、夢中で祈りながら、「我とあれ」と繰り返す。希望の歌として。ここは天界だもの、そうしたら奇跡は、起こるかも知れない!! レガートさまは戻って来て、あたしとまた一緒にいてくれるかも知れない!!

 エドガーを恋い慕っていても、レガートさまもあたしのとても大切な人。


『もっと信用してよ。本気で求婚してるんだよ。そして、それを受けてくれれば、僕も幸せになれると思ってるよ。いま、別にお互いにすごく愛し合ってなくったっていいじゃない? 僕はエアリスちゃんの癒しになれたらいいなって……、そうしてる内に本当に愛し合えるようになるかも……っていうか、僕の方はそうなる予感がしてるんだ。でも勿論、エドガーさまから奪うつもりはないよ。エドガーさまの方で……ええと、もし他の令嬢と結婚する時が来て、きみを誰かに託したい、って思われる時が来たら、だよ』

『……エドガーさまじゃなくてごめんね』

『信じるって決めたんでしょ? 直接話も聞かずに、エドガーさまを疑うの? そんなの、エアリスちゃんらしくないなあ。きっとエドガーさまは説明して下さるよ。……万が一、妃の魅力に負けちゃった、なんて言ったら、僕がエドガーさまを張り倒して、そのままエアリスちゃんを貰っちゃうからね。でも絶対そんな事ないよ。何か訳があるんだよ』


『あの男も馬鹿ね。おまえなんかに入れ込んで……。見てたら解るわ、本気だって』


 あたしの事、本当に好きだったの? なのに、あたしとエドガーを応援して、あんなに優しい事をいっぱい言ってくれてたの? ……本当は、もしもそうだと知ったら、申し訳なさ過ぎるから、敢えてあたしは聞かなかったんだ。そのせいで、与えてもらった分の、助けてもらった分のお礼も充分に言えてない。教えて、レガートさま! もう一度、声を聞かせて!!


「……げほっ……」


 力なく垂れていた腕がびくんと動いた。レガートさまの身体は痙攣して血の塊が吐き出された。


「あ、息が……!!」

「血塊が気道を塞いでいたのか。早く、早く手当てを。矢は微かに急所を外れてる。助かるかも……!!」


 レガートさまの傍にいる方たちの声に、息を呑んで見守っていたみんなはわっと歓声をあげる。まだどうなるか判らないけど、とにかく、断ち切られたかのように見えた希望は繋がった……!


「やっぱり奇跡の歌だ!」


 と誰かが叫び、それに応えるようにたくさんの声があたしの歌を讃えてくれる。あたしは力が抜けて巨木に寄りかかったまま、ずるずると座り込んだ。

 担架でそろそろとレガートさまが医務室に運ばれてゆくのについて行きたいけれど、もう体力を使い果たしてしまった。投げ出した手が何かに触れたけれど、そっちを見る気力もない。

 シャルムさまが窓から降りて来て、


「ありがとう、エアリス! やっぱりきみは、兄上だけじゃなく皆の癒しなのだな!」


 と言って下さる。


「いえ……シャルムさまが仰って下さらなかったら、あたし、ただ混乱して泣き叫んでただけでした……ありがとうございます、教えて下さって……」


 ただの村娘だったあたしが、こんなに誰かの役に立てる。きっと、レガートさまは大丈夫だ、と何故か信じられる。とても有り難くて、嬉しい……。


―――


 でも。

 この場で、レガートさまの身を心配するよりも違う事を考えているひとがいた。


「皆、何を喜んでいるの。曲者が王城に入り込み、王族であるわたくし、エドガーさまの御子を宿したわたくしを殺そうとしたというのに」


 歓声は一瞬で消えた。

 アリーシャ妃はゆっくりと立ち上がり、お腹をさすりながらいつもの甘やかな声で、恐ろしい事を、言った。たちまち、あたしの歌の効果は消えて、妃の魅了の力にみんなが洗脳されていくのがあたしには感じられた。


「身を挺してわたくしを庇ったレガート殿は立派だったわ。……でも、自分の恋人を制御出来ていなかったのだから、自責を感じたのでしょうね」


 ……何を言っているの、この女は? 命懸けで自分を救ってくれたレガートさまを、まさか貶めている……? そんな事が出来る、の……? それに、意味がわからない……。


「何を仰るのです、義姉上! 曲者についてはすぐに捜索致しますし、警備が甘かったのは私にも責任があるでしょう。しかし、レガートが悪いような仰りようはいったい……」


 あんまりな言いぐさに、シャルムさまもアリーシャ信者のふりを忘れてしまったらしく、強い口調で抗議する。でも、妃はそんなシャルムさまの言葉も歯牙にもかけず、こう、言い放った……。


「曲者を捜索? そこにいるではありませんか、犯人は。予定外に、恋人が死にかけたので、思わず逃げ損なったようね」


 アリーシャの指は、真っ直ぐにあたしを示していた。


「な、何を仰っているのかわかりません。なんで私が? 私はただここに立っていただけです!」

「じゃあ、何故そんな物を持っているのかしら?」


 アリーシャの視線はあたしの右手に移る。あたしも見て……仰天した。さっき伸ばした腕に触れたもの……草むらに落ちていたのは、弓矢だった。


「そなたは、わたくしが嫁いでからエドガーさまの寵愛を失い、わたくしが憎かったのでしょう。そして、恋人のレガート殿がわたくしに呼ばれた事で、レガート殿も奪われるかと浅ましく怯え、わたくしを亡き者にしようと」

「ま、待って下さい、そんな事をする筈がありません。第一、これは私のものではありません。ここに落ちていただけです。こんなものを持ち歩く女がどこにいるでしょうか?!」


 真っ青になってあたしは弁明する。やっと解った。これがあの女の狙い……。レガートさまとあたしを同時に消そうと。襲撃はあの女の手先がやったに違いない。もし万一レガートさまが庇わなくても、合図でもして知っていれば避けられただろうし。

 幸い、正気を保っているシャルムさまは、あたしと同じ事を考えてくれたようで、


「そんな邪念を持つ者が、あんな奇跡の歌を歌える訳がありません。それに、こんなに人目がある場所で、暗殺など愚かな企てをする程自制の効かない娘ではありません。何かの間違いです!」


 と庇って下さる。極めて当たり前の事なのに、でも、アリーシャの強い魅了に毒された皆は、彼女の言う事を疑えない。


「確かに弓矢を持っている! あの矢はレガートさまを射ったのと同じものだ!」

「だからレガートさまは責任を取って避けようとなさらずに」

「あの娘のせいで」

「やっぱり人間は恐ろしい」


 あっという間に、中庭の空気は一変する。


「シャルムさま……あたしそんな事考えたこともないです、本当です!」

「判るよ、それくらい。困った事に、兄上は今日は父上と共に遠出なさっているが、私が兄上に代わってきみを護る。でないと兄上に申し訳が立たない」


 泣きそうなあたしの言葉に、シャルムさまは力強く味方してくれる。

 だけど……この時、騒ぎを聞きつけて、王妃陛下が奥の宮から出て来られた。


「なんの騒ぎです、これは」

「義母上さま。あの人間の娘が、わたくしを暗殺しようとしたのです。そのせいで、レガート殿が巻き添えに……愚かな恋人のせいで、責任をとってわたくしの身代わりに!」

「何という……レガートはどうなったの!」

「瀕死ですわ……」

「待って下さい! 私は何もしていませんし、ましてや、レガートさまを貶めるのは止めて下さい! レガートさまは立派な騎士道精神でなさったのに!」


 これ以上レガートさまを侮辱するのは許せない。思わず、口を挟んでしまった。でも、失敗だった。王妃陛下は恐ろしい目であたしを睨み、


「見なさい、この娘は不吉とわたくしは言い続けて来た事が……不吉が実現してしまいました! 可哀相なレガート……こんな娘に誑かされてしまったばかりに!」

「母上、違います! 義姉上は誤解されているのです! レガートは義姉上を救い、エアリスはレガートを救ったのです!」

「お黙りなさいシャルム。おお、そなたまで騙されているの?! そなたまで不吉に巻き込まれたら、わたくしは生きて行けません……。皆、お聞きなさい。長い長い間、王族に手出しをするような不埒者はこの天界にはいませんでした。でも、その異分子が入り込み、おかしな事になって来ている。古より、王族を殺害しようと企てた者は火刑と定められています! いま、いますぐにその娘を処刑してしまいなさい! エドガーが帰って来る前に!」

「母上! ろくな証拠もなく、いきなり処刑とは、王族自ら法を犯すようなもの! 私は絶対に受け入れられません! せめて、裁判を! そうすれば、彼女の無実は明らかになるでしょう!」

「その娘は元々死んでいた……そして、魔界に堕ちるところだった。そんな不吉で、ここにあってはならない存在が、今まで許されていた事こそがおかしかったのです。その娘は生粋の天使ですらない。法で裁く対象ではありません」

「そんなのは詭弁です! ついさっきまで、皆に認められて……!!」


 火刑? 火あぶり……っていうこと? あたしは何もしてないのに! エドガーのいない間に、処刑されてしまう? そんな、そんな馬鹿なことって……。


『ふふふ、だから言ったでしょう? 逆らえばレガートを殺す、と。別に、必ず毒で、とは言ってないわ。これは全て、おまえのせいなのよ』


 突然……。

 邪悪な声が、頭の中に響いた。なに、これは……アリーシャの声……? でも、皆に話す時とは全く異なる、毒々しい響きを帯びて。

 目の前にいるアリーシャは、怒ったような怯えたような顔で、あたしが恐ろしいと王妃陛下に訴えている。

 でも、口で喋っている言葉とは別に、あたしの心に直接話しかけているみたい。


『ああ面白い!! 本当に馬鹿ばっかり! おまえがこうなるとも知らずにレガートは命を投げ出してあたしを護ってくれるし? 大丈夫よ、ちゃんと後で止めを刺してあげるわ。一緒に死になさい。それより、王妃も馬鹿ね! エドガーのいないうちに、って、おまえが家出したとでも言い聞かせるつもりかしら? 火刑ってそんなに早く済むものじゃないわ。平和ボケしてて知らないのかしら。おまえはゆっくりと炎に炙られて、想像を絶する苦しみの中でなかなか死ねないのよ。そして、晩に戻って来たエドガーは、焼け爛れた生焼けのおまえと再会する事になるわ。あいつ、狂ってしまうかも知れないわね! あはは!!』

『なんで……なんでそんなに恐ろしい事を笑いながら言えるの……? エドガーが憎いの?』

『憎いに決まってるでしょ。このあたしよりそんな貧相なおまえがいいだなんて、屈辱よ。それに、あたしは絶望を見るのが大好きなの。おまえは駒としてとても役に立ってくれたわ。だから壮絶な死を褒美にあげる。せいぜい炎の中でのたうち回って、あたしを愉しませて頂戴!』


 ……古の天使の王国の王女様……なのに……どうして、こんな恐ろしい女になったんだろうか。

 駄目だ……とても太刀打ち出来る相手じゃない。完璧に罠を張り巡らせて、効果的なタイミングでそれを使う。心に直接話しかけるなんてかなり高度な魔術だそうだけど、今まで隠していたんだ。何故そんな事をしているのかも解らない。何か、あたしたちの思いもしていない手段を持っているとしか。鏡を封じたくらいで攻撃を諦めさせられると思ったあたしたちは、確かに馬鹿と言われても仕方がないのかも知れない。


 でも、シャルムさまは諦めない。


「みんな、目を覚ましてくれ! 母上も! こんな事は絶対におかしい。せめて、父上と兄上が戻られるのを待ってから!」

「エドガーはその娘を気に入っているわ。悲しませたくない。おまえだってそう思うでしょう」


 やっぱり王妃陛下は火刑の事を簡単に考えているみたい、とあたしはもう心が恐怖に麻痺してしまい、他人事のように思う。


「エアリスは兄上の心の拠り所なんです。しかも何の罪も犯していない! いなくなるだけでどれだけお苦しみになるか、想像も出来ませんよ」

「大丈夫よ、可愛い妃とお腹の子がいるのだから、そのうち忘れるわ、そのうち。それより不吉を祓う方が大事よ!」


 激しく議論している母息子二人ともが、エドガーの事をとても想っているのに、全く会話が噛みあわない。

 そうこうしているうちに、二人の兵士が近づいて来て、あたしに縄をかけようとする。


「いやっ!!」


 たすけて、エドガー、もう一度逢いたい!!

 声には出さなかったけれど、想いは迸ってしまう。エドガーの知らない間に無惨に火に焼かれて……そしてその様を見た時のエドガーがどれ程苦しむか……どちらも、立っていられない程恐ろしい。

 でも、その時、空から誰かが飛び降りてきた。がしっとあたしの首根っこを掴まえると、そのまま抱き上げて兵士たちを呆気なく蹴り飛ばした!


「え、エドガー! エドガー!! 来てくれたの! あたしっ……迷惑をかけまいと……」


 涙が溢れ、あたしは空中でエドガーにしがみつく。そう、声に出してエドガーを呼ばなかったのは、こんな大勢の前にエドガーが突然現れたら、比翼の秘密がばれてエドガーの立場がまずくなるのではと思ったから……。でも、でも、ほんとは来て欲しかった……。


「つまらん心配すんな! なんかあったらさっさと呼べ! ……怖い思いをさせたな、すまん」


 エドガーはあたしの頭を撫でる。状況は把握してるみたいで、エドガーの腕も微かに震え、アイスブルーの瞳は湿っているような。


「エドガー! ど、どうしてそなたがここに!!」


 一番動転してるのは王妃陛下。息子のペットを、外出中に勝手に処分しようとした親の反応だけど……。王妃陛下は、国王陛下よりずっと深くアリーシャの魅了を受けている、とこの時あたしは気づいた。だって、王妃陛下は元々の王族の生まれではなく、貴族家の令嬢だったと聞いたもの……陛下やシャルムさまより耐性が弱いのだ。

 エドガーは悲し気な目で母を見つめた。


「母上……私は、物心ついてからたった一度だけ、母上に心からのお願いをしました。私からエアリスを奪わないで下さい、と。でも母上は聞き入れて下されず、その上、私の不在時にエアリスを処刑などと……。何故です、何故そんなにエアリスを憎むのです……? 何故、私の小さな願いを聞いて下さらないのです……?」

「わ、わたくしは……!」


 王妃陛下の表情が揺れ動き、答えに迷っているのがわかる。でも、結局、王妃陛下はこう答えられた。


「そなたは大事な身……僅かでも、不吉を近づけるのは良くないと、思ったからよ」

「私のお務めに障る、とのお考えですか?」

「そうよ。そなたこそ、何故そこまでその娘に拘るのです。そなたは情に流されてはならぬ身。僅かでも不安要素を近づけてはいけません」

「私に、心を持つな、と仰るのですか?」

「……そうよ。だって、心があれば、心残りも生まれるでしょう。それくらいなら、初めから何もない方がいい……」


 これは、魅了が言わせている事なのだろうか。それとも、本心? わからない……。


「母上、酷すぎます。ならば、無理に結婚を勧める必要だって……」

「いい、シャルム。よく解ったよ……母上にとって俺は、誇れる完璧な贄の王子である事と、直系の血を残す為の種馬である事、それだけが大事なんだ、って……」

「エドガー! そうではありません!」


 俯いたエドガーに悲痛な王妃陛下の声がかかる。けど、エドガーはただあたしを抱き寄せ、小声で、


「別にいいんだ……おまえさえ幸せなら……」


 と呟いた。


 ……エドガーの心境を思うと胸が痛いけれど、でも、一言いいでしょうか……心の中でだけど……。

 幸せになれる要素が見当たりません。いまあたしは、死刑宣告を受けて、みんなに憎まれているのだけども。

 アリーシャがいつもの愛らしい声で叫ぶ。


「エドガーさま! その者はわたくしを殺そうとしたのですよ! いくらペットでも、見逃せない罪ですわ」

「エアリスがやったという証拠がどこにあるのか?」

「そこに! 弓矢を持っていたではありませんか。それに、わたくしは見ました。エアリスの方から矢が飛んで来たのを!」

「へえ、随分目がいいんだな。……まあしかし、確かに、状況を見て、皆がエアリスを疑うのも判らなくはない。証拠の品まで丁寧に揃えてあるしな」

「エドガー、あれは樹の上から落ちて来たの! 本当の刺客は樹の上から矢を放ったんだと思う!」

「勿論解ってる。だけど、おまえが今後幸せに生きていく為には、皆を完全に納得させる必要がある」

「……」


 証拠品にアリーシャの証言。それを、完全に覆すのは難しい。

 でも、エドガーは、大きく息を吐き、左腕であたしを抱いたまま、右腕を天に突きあげた。


「御神よ! 贄の王子の唯一つの願いをお聞き入れ願いたい!!」


 急に空が暗くなる。皆は大きくどよめいた。


「エドガー、エドガー、何をする気なの!!」


 王妃陛下が青ざめて叫んだけれど、あたしには何が起ころうとしているのかさっぱりわからない。

 でもエドガーは構わず、よく通る声を張り上げた。


「癒しの力を持つこの娘が、不吉で邪悪で他者に害なす者であるのか……矢を射たのは誰なのか、お示し願いたい! 善なる者をお救い願いたい! エアリスと、レガートを!」


 ぱああっと、暗い空から、美しい光が降りた。聖なる御神の光だと、誰もがわかる……その光は、あたしを照らし出した。御神は、あたしを清らかな者として祝福を与えて下さっている……。温かな光が身体を突き抜けてゆく感触に、あたしはぼうっとしてしまう。

 細い光は、レガートさまの運ばれた医務室付近にも注がれていて……あたしとレガートさまの無実は、御神によって証明された。如何なアリーシャでも、これを覆すのは無理。

 そして、


「あああーーーっ!!」


 悲鳴を上げて、一人の女性が大木の上から落ちて来る。あれは……レガートさまの侍女?!

 でも、苦しんでいる彼女にも、聖なる光が降りて、彼女の無実を証明すると共に、黒い影がもがきながら浮かび上がる。そうか、彼女はあたしと同じように、レガートさまの館の池の水鏡を見て、あの影に乗っ取られ、傀儡にされていたんだ!

 影はのたうち回りながらも女の姿をとる。


『おまえ……おまえ……よくも……』


 影は、あたしとエドガーを交互に睨み付ける。いま、その声の持ち主が、あたしにも判った!


「リベカ……!!」


 エドガーが成敗した筈の堕天使リベカは、鏡に潜み、力を回復させていたんだ!


『もう少し……もう少しだったのに!!』


 だけど、聖なる光は、堕天使には毒。侍女の身体から引きはがされたリベカは、焼かれ、のたうち回り……。


『エドガァァ!! この代償に苦しめ! わたくしよりずっとずっとながく!!』


 呪詛の言葉を吐き……遂に、リベカは燃え尽きた。


「皆! 判ったか! エアリスもレガートも御神に祝福を受けし者! 今後、如何なる手出しも許さん!! 母上もアリーシャも……」


 アリーシャが歯噛みをしているのが伝わる。あの、邪悪な心の持ち主に勝ったんだ!

 エドガーが地に降り立ってあたしを下ろすと、いまは魅了の解けた皆が駆け寄って来て、エドガーとあたしを褒め、謝罪する。

 別に褒められる事はしていないけど、やっと解って貰えて嬉しい。

 だけど……。

 王妃陛下とシャルムさまの顔は蒼白だった。


「兄上……」

「ん? しけた面するなよ。取りあえずはめでたしめでたしじゃねえか」

「しかし!」


 王妃陛下は叫んだ。


「なんてことを! エドガー! たったひとつの願いを、こんな事に!!」


 そのまま、王妃陛下は倒れてしまう。

 あたしは、エドガーが何を犠牲にしてあたしを救ってくれたのか、この時、何もわかっていなかった。

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