16・あたしのせいで喧嘩?

 エドガーの私邸に戻ったのは夕刻近くなっていたけれど、玄関大扉の前に人影が見えたので、最初は何だろうと思った。でも、近づいてみると、その翼の大きさから、エドガーだと判った。あんな所で何してるんだろう?

 背後で、レガートさまが大きく息を吸った。

 ペガサスがエドガーの前にふわりと着地すると、レガートさまはあたしを抱きかかえて下ろそうとしてくれる。


「や、や、いいです、自分で下りれます!」


 と焦って言っている所に、エドガーがつかつかと歩み寄ってくる。


「ど、どしたの、エドガー?」


 何故だか、エドガーは極めて機嫌の悪い顔を……というか、怒った顔をしている。何かあったのだろうか?


「レガート……おまえ、どういうつもりだ? 俺に無断でエアリスを連れ出しやがって」


 えっ、無断?! 『エドガーさまには言っとくから』って言ってたのに?


「いやあの、ちょっと連絡をし忘れただけじゃん? 別に危ない事も何も……」

「おまえは黙っとけ、バカ。だったら朝おまえが俺に言えよ!」


 むかっ。なんでいつもこんな風に言うんだろう。レガートさまが言ってくれてると思ってただけなのに。

 でも、文句を言うのも憚られる程の怒気をエドガーは放ちながら、あたしの腕をぐいっと引っ張って傍に寄せようとする。どうしたんだろう、二人は親友同士なのに、このくらいの事で、一体なんでそんなに怒るの?


 レガートさまは普段通りににこやかに、


「あ、すみません、エドガーさま、お伝えしたつもりが……俺、言ってなかったかなあ。うーん、すみません、大事なペットちゃんを勝手に散歩に」


 なんて言ってる。なんかわざとらしい気もするんだけど。


「ペットとはいえエアリスは女だ。おまえみたいなチャらい奴には任せられん」

「チャらいとは酷い言い草ですねぇ。俺はただ、誘われたら断れない性格なだけなのに」

「じゃあ、エアリスが誘ったのか?!」

「いや、俺が誘ったんですよ。だって、エドガーさまのペットちゃんの事、知りたかったから。そんなに怒られるとは思わなかったなー」

「レガート、俺はおまえを信用している。だが、女関係は別だな」

「酷いなあ。エドガーさまにとって、エアリスちゃんは女の子ではあっても、ペットでしょ? なのに、好きに外出も許さないんですか~?」

「カステリアたちと遊ぶのは許可してる」

「なんでカステリアは良くって、俺は駄目なんですか? この間まで、カステリアに連れて行かれた! って血相変えてたくらいなのに」


 レガートさまは笑顔を崩しはしないけれど、なんだか話はよくない方向にむかってる気がする。レガートさまも、機嫌の悪い時のエドガーに言い返しても意地になるばかりだって、知ってる筈なのに、なんで謝っておしまい、にしないんだろう。


「カステリアは女だからだ! 今はエアリスにいい感情を持ってるのも知ってる。だが男は、特におまえはダメだ!」

「なんでそんなに男女に拘るんです? エアリスちゃんは、エドガーさまのこと、飼い主以上でも以下でもない、って言ってましたよ?」

「…………」


 はうう……。何故いま、そんな、取りようによっては突き放したような言葉を出しますか。確かに、誘導されてそう言いましたけど、それより、『命の恩人。偉い人。王太子のお仕事を頑張ってる人。ちょっと口は悪いけど、心は悪くない、って……ペットなあたしを護ってくれて、ありがたいなあ、と』という方を言って欲しかったのに……面と向かってはなかなか言えないから……。


 エドガーは、苦虫を噛み潰したような顔であたしを見て、


「そうか。おまえはそう言ったのか」


 と言う。

 あたしは、


「う、うん。だってそうでしょ。あたしはペットに過ぎないんでしょ。だったら、エドガーはペットの飼い主でしょ」


 と答えた。なにかまずい答えな気もするけど、いつか言ってみたかった言葉でもあるような。


「……そうかよ」


 と、聞いた事もない位不機嫌な声でエドガーは吐き捨てた。なんでよ。事実でしょ?

 そしたら、レガートさまは、急に笑みを引っ込めて、


「エドガーさま。実は俺、エアリスちゃんに告白したんです。付き合って欲しいって。俺は、一生かけてエアリスちゃんを幸せにしますよ。駄目ですか?」


 ってさらって言っちゃった!!


 エドガーは、暫く無表情だった。状況を飲み込もうとしているみたい。


「……エアリス、それでおまえはなんて答えたんだ?」

「あの……考えさせて下さい、って」


 エドガー、怖いよ。なんでそんなに怖い顔なの? 色々言いたいけど、そんな顔されてちゃ、言えないよ。


「……レガート。おまえは、エアリスを快く思っていないって、カステリア経由シャルムの話を聞いたんだが。どういう事だよ? 何を企んでる?」

「企むなんて。俺は、エドガーさまもエアリスちゃんも大事です。だから、エアリスちゃんがエドガーさまの癒しのペットなのは良い事だと思っています。でも、ずっとそのままではいられないでしょ? 俺はエアリスちゃんが好きですよ。だから、俺は……」


 続きは聞けなかった。

 なんと、エドガーは、親友のレガートさまを殴りつけたのだ! 無防備だったレガートさまは、地面に無様に転がった。解ってて、敢えて避けなかったようにも見えた。


「黙れ。黙れよ。エアリスは俺のものだって、最初っから言ってる。なのに、なんで今だよ? まだ、時間はあるじゃないか」

「エドガーさま。お気に障る事は解っていました。だけど、俺もエアリスちゃんを好きになったし……エアリスちゃんの気持ちで決めてよくないですか?」

「エアリスは俺のものだ! ……少なくとも今はそうなんだ。帰れよ! 勝手に手出しするな!!」

「ど、どうしたの、エドガー? あたし、どこにも行かないよ? なんで……そんなに悲しそうなの?」


 思わずあたしは言っちゃった。エドガーが、泣きそうな子どもに見えたから。


「うるさい! 夕餉を取って寝ろよ!」


 と言い捨てて、エドガーは館に入って行く。

 レガートさまは殴られた頬を擦りながら、


「ごめんね、エアリスちゃん。何も気にしないで。ゆっくり考えていいから」


 と言って、ペガサスに乗って帰って行った。


 もう、訳がわからない。突然の告白とエドガーの激怒……。

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