15・まさかの告白

「うわあ、綺麗!」


 レガートさまが連れて来て下さったのは、美しいお花畑だった。森を抜けるとだだっ広い原っぱがあって、色とりどりの野花が咲き乱れている。お城の庭園のお花も常に手入れが行き届いてとても素敵なんだけど、ここは、あたしの生まれ育った村の近くにあった草原を思い起こさせる。勿論、こんなに広くも綺麗でもなかったけれど。


「気に入ってもらえた~?」

「はい! ありがとうございます!」


 ペガサスに二人乗りで緊張しまくっていたけれど、この風景は一瞬で色んな、今抱えているもやもやを吹き飛ばしてくれた。……それと同時に、ふるさとが懐かしくなったりもするんだけれど。思えば随分遠い場所に来たものだ。そして、もう決して帰れない……今更に、あたしはそれを思い出す。


「どうしたの、エアリスちゃん、泣いてるの?」

「いえ……ちょっと、故郷の景色を思い出して……すみません、こんなに綺麗なのに」

「そうか。でもさ、エドガーさまに助けて貰ったから、エアリスちゃんは今ここにいて、この景色を見ていられる。だから、泣かないで、前向きに行こう?」

「はい……」


 うーん。あたしはいつも前向きだし、失ったものは返らないと解ってる。でもただ、少し切なくなっただけ。励ましてくれてるつもりなんだろうけど……なんか、欲しい言葉と違うなあ。こんな時、エドガーだったら何て言うだろう?


『おまえは俺のものなんだからここにいればそれでいい。でも、泣きたければ気が済むまで泣けばいい。待っててやるから』


 こんな事を想像したり、いやそんなに優しくないぞと思ってみたり……。

 そんなあたしの表情を、レガートさまはじっと見ていて。


「まあ、ちょっと座ろうよ」


 ハンカチを出して涙を拭いてくれる仕草は慣れたもので、女の子が泣くのに慣れてるのだろうかなんて邪推してしまう。親切にして貰ってるのに、駄目だな、あたし。

 あ、でもこのハンカチは、あたしが刺繍して上げたものだ。ちゃんと使ってくれている。それは嬉しい。


 あたし達は、花畑を一望できる丘へ移動して、樹の下に座る。レガートさまと二人きり……うう、やっぱり緊張しちゃう。


「エアリスちゃんはさー、エドガーさまのこと、どう思ってるの?」


 やはり。来ると思ってた質問だけど、単刀直入だなあ。


「命の恩人。偉い人。王太子のお仕事を頑張ってる人。ちょっと口は悪いけど、心は悪くない、って……ペットなあたしを護ってくれて、ありがたいなあ、と」


 一応考えておいたので、すらすら言えた。これでお眼鏡に適うだろうか? 敬愛するエドガーさまに対して、もっと敬意を示せよ、って思われるかな。でも、正直な答えしか言いたくないし。

 けど。レガートさまの次の言葉は、全く予想していないものだった。


「いやいや、それは見てれば解るって。そうじゃなくって、エアリスちゃんは、女の子として、どう思ってるの? ってのが、僕の聞きたい事なんだけど」

「女の子……? いや、あたしはペットなんだし、それ、関係あります?」

「……そうかー。じゃあつまり、エアリスちゃんにとって、エドガーさまは飼い主以上でも以下でもない、って事でいい?」

「……はあ。そうなりますね」


 今一つ質問の意図が掴めない。そう言えばレガートさまは、『人間の男なら良かったのに』なんても仰ってったっけ。ううーん??


「あの、まさか、エドガーは女の子より男の子の方が好きなんですか??」


 言ってしまってから、うわ、なんて失礼な馬鹿な事を言っちゃったんだろ、って思った。でもレガートさまは怒る事もなく笑って、


「ええー? ああそうか、人間にはそういう趣味がある者もいるんだってねえ。でも、天使にはそういう感情はないと思うねえ。僕は聞いた事ないよ」

「そ、そうですか、すみません。いやその、男の子のペットの方が扱いやすかったのかなとか……」


 焦ってよくわからない言い訳をする。

 でもレガートさまはそれには答えず、じっとあたしの顔を覗き込む。


「エアリスちゃんって一途で可愛いよね」

「ええ?」


 いやいや、何故この会話の流れでそんな感想が出るのか本気で解らないんですが。

 お世辞だとは思うけど、レガートさまがあたしにお世辞を言う必要がどこにあるんだろうか。しかし、レガートさまの意味不明は更に続く。


「じゃあさ、いまエアリスちゃん、好きな男っていない、って思っていいよね」

「す……好きな??」


 考えた事もなかった。エドガー以外にも、お館の人や騎士様でお喋りする男性はいるけれど、何しろ位が低くても相手は天使さまだし……そりゃあ一応あたしもそうではあるけど、誰があたしなんかをそういう目で見るだろうか、という意識が前提にあるから、あたしもそんな事考えてもいなかった気がする。


「い、いる訳ないじゃないですか。誰がこんなあたしをそんな目で見るでしょうか? 誰かを好きになったって、虚しい気分になるだけでしょう」

「え? なんで?」

「だってあたしは元人間風情で醜くて」

「醜い? こんなに可愛いのに?」


 隣に座っているレガートさまがいきなり顔を寄せて来たので、あたしはドキドキしてしまった。一体レガートさまは何がしたいんだろう? あたしを揶揄って馬鹿にしているんだろうか?


「顔について、エアリスちゃんが、他の天使と顔立ちが違う事で自分を卑下しているのなら、全然そんな事はないよ? だって、みんな似たような顔に見えるから、正直誰かが特別美人だとか思った事ないんだよね。でも、エアリスちゃんは表情豊かで個性的で、一生懸命で、その癖鈍感で、なんか可愛い」


 ……つまり、美男美女ばかりは見飽きたので、平凡顔が目新しい、ということか。あたしにはちっとも実感出来ないけど、一応褒め言葉は嬉しい。個性的で一生懸命……そんな風に言われた事はなかった。本気でそう思ってくれてるなら、それは割とかなり嬉しいんだけど、どうなんだろう。

 などと思っていたら、次に来たのは、とんでもない台詞だった!


「エアリスちゃんが誰の事も想ってないんなら、僕と付き合わない?」


 ……。

 …………。

 ………………。


「は? な、なに、おかしな冗談言わないで下さい! 一瞬思考が停止したじゃないですか!!」

「なんで冗談だって決めつけるの」

「だって、え、あり得ないでしょ? レガートさまは誰でもよりどりみどりでしょ。それに、あたしは、ペットですよ?」

「関係ないでしょ。僕がエアリスちゃんを好きだって言ってるんだから」


 もしかして、これも、何かの試験なんだろうか、とまで疑ってしまう。すると、そんなあたしの思考を読んだみたいに、レガートさまは言う。


「エアリスちゃん、僕の言ってる事、信用してないでしょ」

「……はい。正直言って」

「信用ないなー。まあー、僕も最初は試す意図があったから、しょうがないか」


 ほらやっぱりね。


「でも、話してて、本当にエアリスちゃんがエドガーさまのペットで構わないのなら、ペットのままでいいから、僕と付き合って欲しい、って感じたのは本当だよ。信じてよ」

「信じられません。あたしがエドガーの傍にいる価値があるかどうか見極めたかったんでしょ」


 なんか悔しくて、つい口調も乱雑になってしまう。


「価値があるのは解ってたよ。知りたかったのは、エアリスちゃんがどういうつもりなのか、ってだけだよ」

「本当ですか……?」


 いつもは、へらへらして本心を見せないレガートさま。でも、あたしを覗き込む瞳の色は、真剣なように見える。


「本当だよ。返事は、今じゃなくていいよ。急でびっくりさせてごめんね」

「……いえ。じゃあその、ちょっと考えさせて下さい」

「うん、待ってるよ~」


 本当に本気なの? 今までそんな素振りなかったのに。

 そもそも、あたしは告白された事なんてないし、もう頭の中がぐっちゃぐちゃだ。


「じゃあ、今日は帰ろっか。送るよ」


 そう言って、レガートさまは優雅にあたしの手をとって、帰りもペガサス二人乗り。ぼーっとしているだけで、殆ど会話出来なかった。


 しかし。


 帰宅後に何が待ち受けているかなんて、混乱状態のあたしに、予想できる筈がなかった。

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