47・比翼の絆

 急いでペガサスに乗ろうとしたあたしを、陛下が呼び止められた。


「時間が惜しいが、エアリス、そなたに伝えておく事がある」

「なんでしょうか、陛下」

「比翼は互いに呼び合い、強い感情を共有できるもの……なのに、そなた達は一方通行で、エドガーはそなたを感じるのに、そなたはエドガーを感じられない。何故かと疑問に思った事はないかね?」

「それはありますが……私が元人間で力不足だからかと……」

「いや、そうではない。エドガーの方で、そなたが感じ取れないようにしていたのだ。エドガー自身から聞いたから確かな事だ」

「!! な、なんで……」


 あたしは強い衝撃を受ける。それって、エドガーはあたしを信用してなかった、ってこと……? だけど、陛下はあたしの考えを読み取られたようで、


「エドガーは誰よりそなたを大事にしていた。そなたに感情を開放してしまえば、そなたはエドガーの苦しみも共有する事になる」

「苦しみ?」

「お務めの苦しみ……だが今は詳しく説明している時間がない。わたしが伝えたかったのは、そなたがずっと強く呼びかければ、エドガーは意識を取り戻して反応する可能性がある、という事だ。エドガーが制限を解けば、そなたはエドガーの居場所や状況を知る事が出来る」


 そうか! あたしがピンチの時、いつもエドガーは比翼の絆で駆けつけてくれた。逆の事が出来れば……!

 ……でも、あたしが行ったって、あのエドガーさえ捕えてしまう程の魔力を持った魔族に、どうやって太刀打ち出来るだろう……。

 だけど、レガートさまが、


「ありがとうございます、陛下。やっと訳が解りました。後は道中で私が説明します。行こう、エアリスちゃん」


 まだ騎士の助けを借りないとペガサスに乗れない身体だというのに、レガートさまは前向きだ。


「ありがとうございます、陛下。あたし、絶対にエドガーを助けます!」


 あっ、陛下の前なのに、エドガーを呼び捨てにしちゃった。でも陛下は気にされた様子もなく、


「頼むぞ、二人とも。わたしはこれから天使長と共に各国に使いを出して協議の上、対応を図らねばならん。これはセラフィムとミカエリスだけでなく、天界全体の運命に関わることだからな。現場の指揮は全てレガートに委ねる。そんな身体で無理をさせて済まぬが……」

「何を仰います。私の代わりなど幾らでもいますが、エドガーさまとシャルムさまの代わりはいませんよ。命を賭けてもお二人をお救いします」


 レガートさまは軽く笑って、行って参りますと頭を下げる。

 付近に残る騎士さま達に、自分たちの行く経路を伝え、何か発見したらすぐ伝えるよう指示を残して、レガートさまはペガサスを駆けさせた。


―――


 並んでペガサスを駆けさせながら、レガートさまはあたしの方を向いた。翼さえ動かさなければなんとか大丈夫なようで、普通の手つきでペガサスを操っている。

 あたしは、心の中で、陛下に言われた通りに必死にエドガーに呼びかけていたけれど、今の所、何の反応も感じない。


「エアリスちゃん、前に、エドガーさまが腕を切断されて、エアリスちゃんがそれを繋げた事、覚えているよね?」

「えっ、ええ……。でも、あの時は無我夢中で……どうやったのか、よく覚えていないんですけど……」


 エドガーが、あたしに命を分け与えたから、癒せる筈の傷が癒せずに苦しんでる、そう思ったあたしは、夢中で、貰った命をエドガーに返したいと祈った……それだけだ。同じ事を今やれと言われても、やり方が分からない。

 レガートさまは、戸惑うあたしに悲し気に苦笑して、


「今から言う事は、エアリスちゃんにはちょっときついかも知れないけど……そして、知っても絶対無理はしないで欲しいんだけど……」

「なんです?」

「あの時、僕が『エドガーさまはこれくらいの事大丈夫だよ』って言ったら、ピリピリしてたシャルムさまは怒ったでしょ? それは、魔族の瘴気が天使の体力を著しく削ぐ事に加えて、誰にも知らせずに比翼を持ったエドガーさまの元々の体力が落ちていて、僕が考えてたより危険な状態だったから……。今も同じだよ……というか、勿論今の方がずっと危ないけど……。というのも、エアリスちゃんもカステリアも、『エドガーさまは痩せたんじゃないか』って心配してたでしょ。あれ、僕もシャルムさまも気づいてた。だけど、エドガーさまに、『この程度、お務めには支障ないから言うな』って口止めされてたんだよね」

「ど、どういう事ですか?!」

「あのさ、普通、比翼の絆を結ぶのは、愛する人が死にそうな時に使う手段。でも、エアリスちゃんは元々死んでたでしょ……。僕らは、エドガーさまが一旦命を吹き込んでもう普通に生きてるんだから心配ない、って考えたんだけど、何しろ前例がないし、心配性のエドガーさまは、元気なエアリスちゃんにずっと体力……生命力を分け送っていたんだ。その翼がその証拠。最初の数倍に大きく立派になったでしょ……」


 そう、最初は貧相で汚かったあたしの翼は、いつの間にか、カステリアさまにも見劣らないくらいに綺麗に大きくなっていた。あたしは、単に自分が天界暮らしに馴染んできたからだと漠然と思っていたけど……エドガーのおかげだったの?!


「エアリスちゃんの中には、エドガーさまが送った生命力と魔力が活き活きと溢れてる。送られた分より恐らくずっと高められて。エアリスちゃんが毎日を強く前向きに生きて来たから、エアリスちゃんの中でそれらは成長したんだと僕は思う。天使はある程度成長したら、それ以上あんまり能力は高まらないけれど、エアリスちゃんは人間だったから……人間は寿命が短い代わりに、成長の力が強いから……」

「それで、それであたしはどうすればいいんです?!」

「エドガーさまから貰って大きく練った力を、エドガーさまに返す……それ以外に手立てはないと思うんだ。さっきの魔族の話が本当なら、エドガーさまの魔力と生命力は尽きかけている。それを継ぎ足すのは、比翼のエアリスちゃんにしか出来ない事だ。でも、前みたいに自分の全てを注ぎこもうとしちゃ駄目だ。エアリスちゃんが危険なばかりでなく、弱ってるエドガーさまの身体がきっと耐えきれない。うまくコントロールして、必要な分だけ返すんだ。あの時は、暴走をシャルムさまが防いだけど、僕はそこまで繊細に他人の魔力を抑え込む自信がない。でも、エアリスちゃんが自分でそう出来れば、勝機はある。あの魔族が侮ってるエドガーさまは、本来のエドガーさまじゃないんだから」

「コントロール……」

「僕は出来ると思っているよ。だってあの時よりずっと、エアリスちゃんとエドガーさまの繋がりは深くなっているから……」


 エドガー……何でそんなにあたしを大事にしてくれてたのに、何も言ってくれなかったの? あたしの為にずっと自分の生命力を与えてたなんて……。


『俺は生きて帰れるとは全く思ってない』


 それは……もしかしたら命を繋げたかも知れない僅かな余力を、全部あたしに回していたからなの……?


「…………」

「エアリスちゃん……泣かないで。今は、泣いてる時じゃないでしょ」

『エアリス……また泣いてんのか……』


 あたしははっと顔を上げる。レガートさまの、慰めと叱咤の声に、いま確かに、エドガーの声が重なった! それと共に、背中に物理的な苦痛も感じる。体中から力を吸い尽されるような感触も!


「…………っ」

「どうかした、エアリスちゃん?!」

「いま……いま、エドガーの声が。そして、苦しい……」

「!! エドガーさまは、朦朧とした意識できみの呼びかけを感じたんだ! そして、さっき陛下の仰った制限が外れかけてる!」

「痛い……うそ、こんな苦痛をエドガーは……!」

「癒せるのは、救えるのはエアリスちゃんだけだよ! どうしても僕には代われない。だからどうか……耐えて頑張って。もっと呼びかけて! 痛いのは、エドガーさまが生きてる証だから!」


 痛みに涙を流しながらも、初めてエドガーと感覚を共有出来た事に喜びを感じている自分もいる。出来れば、苦痛じゃなくて楽しい事が良かった……なんて考えてる場合じゃないんだけど、頭が朦朧としてきた。


(エドガー! エドガー! どこにいるの!)


 呼びかけると、ぼんやりと幻のようなものが心に直接映る。

 確かに、そこは古びた聖堂のようなところだ。意識を閉ざしているシャルムさまは、縄で縛られて床に転がされている。そして、エドガーは……ああ、壇の上に寝かされ、鎖で縛られて……胸を、槍のようなもので貫かれている!


「レガートさま、レガートさま! エドガーが槍で刺されてる! エドガーが死んじゃう!!」


 あたしは半狂乱になってレガートさまに縋ろうとして、ペガサスから落っこちそうになる。


「落ち着いて、エアリスちゃん。それは多分魔道具だよ。魔力を吸い出す為の。多分だけど、直接肉体を傷つけてる訳じゃないと思う。だって、魔力を奪いきる前にエドガーさまが死んでしまったら、奴にとっても損だからさ……」


 レガートさまは一見冷静だけど、見ると、今までからは想像も出来なかったような怒りの表情を浮かべて、手綱を握る手は震えてる。


「エアリスちゃん、敵は? 偽の妃とその手下はどうしてる?!」

「アリーシャは、笑いながらエドガーを見下ろしてる……譫言を言ってるんだと思って嘲ってる……。黒い魔獣は見当たらない……外で見張りをしてるのかも……」

「聖堂で間違いないね? ……おい、全騎士を呼び集めてくれ! 弓を用意するんだ。奴ら、飛ぶから剣より矢だ!」


 レガートさまは、付いて来てた騎士さまの一人に言って、すぐにその騎士さまは援軍を呼びに行く。


(エドガー! あたしを呼んで! あたしが助ける!!)

(エアリス……駄目だ、来るんじゃない!!)


 でも。エドガーの気配を頼りに、あたしは跳んだ。理解もせずに、未知の魔道に縋って、エドガーのもとへ!

 ぱっと視界が切り替わった。あたしはエドガーが囚われた聖堂跡にいた。


「おまえ! 一体どうやって」


 流石に驚くアリーシャ。だけどあたしは構わず、レガートさまに教えられた通りにやると決めている。


「エドガー!! あたしの中で育てた力を受け取って!!」


 あたしの翼が眩く光り、それに合わせてエドガーの血塗れの翼も光る。


「や、やめろ……そんな、こと、おまえが……」


 この期に及んであたしの心配? あたしはそんなに柔じゃないよ!!

 エドガーに刺さった魔道の槍が、ぱぁんと弾けた。

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