48・隠してた異名

 弾けた槍から、眩い光が溢れ出す。槍が吸い取っていたエドガーの魔力だ……温かく、包み込むような力だ……。光は煌めきながら、エドガーの身体へ戻ってゆく。


「ううっ……」


 エドガーは少し表情を緩ませたけれど、まだ苦し気だ。そしてあたしもさっきよりは楽になったものの、背中が酷く痛い。そうだ、エドガーは、アリーシャに操られたシャルムさまに背中を刺されて、そこから瘴気を吹き込まれているんだった! 傷口は瘴気のせいで広がったのか、エドガーが縛られている壇からは、血が滴っている……。

 力を送って槍を破壊出来たのは良かったけれど、まだこれだけじゃ駄目だ。生命力を吹き込まないと……瘴気を浄化できる程のものを!


(力のコントロール……)


 何故だかいま、エドガーを目の前にしていると、どういう風にしてどれだけ力を送ればいいのか、自然に頭に流れ込んでくる。


「エドガー!」


 あたしはエドガーに駆け寄り、その手を握ろうとした。

 だけどその時……、


「この小娘! 一体どこにそんな力を隠していた?! 糸がある間、おまえの力をずっと探っていたけど、ごく下等な天使だとしか感じられなかったのに!」


 アリーシャは叫びざま、あたしに向けて魔力の刃を放つ。


「エアリス!!」

「わわっ……」


 エドガーの警告に、あたしは慌てて避けたけれど、尻餅をついてしまい、昔は使われていたらしい長椅子の影に隠れて、そのまま、どんどん飛んでくる刃から身を隠すのが精いっぱい。どうしよう、これじゃエドガーに近づけない……!


「攻撃も防衛も出来ないのに飛び込んでくるなんて、流石は愚かな人間ね! いいわ、おまえをエドガーの目の前で八つ裂きにしてやる!!」

「なんで……なんでそんなに残酷になれるのよ?!」

「……愛が憎い……愛し合う者が憎いのよ!」

「だからなんで!」


 でも、この質問への答えはすぐには聞けなかった。

 正面の扉が開き、駆け込んで来たレガートさまが、あたしの方しか見ていなかったアリーシャに短剣を投げたのだ!


「くっ……!」


 剣はアリーシャの肩に刺さっただけで致命傷にはならないけれど、数瞬動きを止めるには充分だった。


「いまだよ、エアリスちゃん!」


 あたしはエドガーに駆け寄り、その手を握る。


「エアリス……」

「黙ってて、エドガー。いつも助けられてばかりだったあたしが、今度はエドガーを助けるの!」


 そう言うと、頭に湧いて来るイメージ通りに、繋いだ手を通して、力を静かに送り込む。あたしのどこにこんな力があったのか、自分にもわからなかったけれど、熱いものがあたしの中から溢れて来て、それがエドガーの中へ入り込んでゆく。


「ああ……」


 エドガーは溜息を吐いた。エドガーの生命力が回復してくるのを感じる。体内に澱んだ瘴気は浄化されて、傷が塞がっていくよう……だって、あたしの背中の痛みも治まってきたから。


「ありがとう……エアリス。いったいどこにこんな力を隠してたんだよ?」

「元々エドガーがあたしにくれた力なんだよ……エドガーはあたしの事を心配するばかりでわからなかったの? あたしはもう、分けて貰わなくても大丈夫なくらい、力が溜まっていたの。あたしが前向きで頑張ったから力も成長したんだろうって、レガートさまが……レガートさま!」


 あたしがエドガーに力を送っていた間に、アリーシャと、レガートさま、騎士さまたちの間で戦闘になっていた。でも……今、レガートさまは、味方の筈の騎士さまに羽交い絞めにされていた。アリーシャに魅了されてしまったんだ! 元々怪我人だったレガートさまは、苦し気に顔を歪めて何とか振りきろうとしてるけれど、傷のせいで本来の力が出ないよう。


「レガート!!」

「エドガーさま、早く、その鎖を断って下さい! 本来の力を取り戻したエドガーさまなら、こんな魔族……!」

「おお!」


 エドガーは、魔力で鎖を断ち切ろうとする……のだけど、何故か、何の変哲もないように見える鎖は、エドガーの魔力の前に砕け散る事はなかった。焦り顔のエドガーを見たアリーシャは、勝ち誇ったように笑う。


「あはは! 勝ったつもりになった? 助かったと思った? その鎖はね、強力な魔力程吸い取り、封じてしまう魔道具なのよ! 魔力で断ち切る事は不可能だし、勿論剣でも切れないわ」

「なんだと!」

「運命からは逃れられないのよ。どうせエドガー、あんたは贄になる筈だったんだから、命は惜しくないでしょ?」

「ああ、俺の命は惜しくない。だが、他の奴らはおまえには関係ないだろ? それに、円環の儀が行われなければ三世界のバランスは滅茶苦茶になるぞ! うまく天界と人間界を支配下に置くつもりだろうが、そう計算通りにいくかわからんぞ。何もかもぶっ壊れちまうかも知れん!」

「別にいいのよ、あたしは。何もかもぶっ壊してしまっても。魔王さまの望みとあたしの望みは違う……従っていたけれど、本当のあたしの目的は、円環を壊し、天界を滅茶苦茶にする事なの」

「何?! そんな事をしたらおまえ自身もただじゃ済まんだろうが!」

「あんたには関係ないでしょ。さあ、お喋りはおしまい。エアリス、エドガーから離れなさい」


 アリーシャが動けないエドガーに剣を突き付けたので、あたしは逆らう事が出来ない。


「レガートと並んでそこの壁際に立ちなさい」


 あたし達は言われた通りにするしかない。


「なにを……何をするつもりなのよ?!」

「魔道具をおまえが壊してしまったから、エドガーの魔力を得る為に、エドガーの心臓を直接頂くのよ。魔道具に収めるより効率は悪いけど、でも魔力の塊だからね。魔王さまに届けるの。今までお世話になったもの、お土産を持って帰らなきゃね?」

「や、やめて!! そんな、嘘でしょ?!」

「そこに立って見てなさい、愛する者の最期を! 思い知るがいいわ、愛など何の役にも立たないと!!」


 アリーシャはゆっくりと剣を握り直す。


「レガートさま……」

「ああ畜生、あの鎖さえ千切れれば!!」


 レガートさまも成す術なく青ざめている。エドガーは観念したように溜息をついて、あたしを見た。


「ごめんな、エアリス……これしか言葉が見つからん……」


 鎖さえ、鎖さえ何とかなれば……!!


(……ん?)


 この時、あたしは、この聖堂の最奥に飾ってある、品を見つけた。埃を被っているけど、何だかまだ使えそうな……。


(レガートさま! あれ! あれって使えるんじゃないですか?!)

(ん? あれは古い聖斧か……。でも僕には無理だよ……というか、どの天使にも無理。エドガーさまだって使った事ないよ。かつて天界戦争が起こっていた頃の天使は、腕力があって斧を使って戦ったらしいけど、今は魔力と剣だから、あんな重い武器は誰も使わないんだよ。だから、立派そうなものだけど、こんな所に打ち捨てられたままなんだね)


 聖斧。

 あたしはまだ御神はあたし達をお見捨てではなかったのだ、と思った。


(レガートさま、お願い、一瞬でいいから、あの女の気を引いて!)

(え? エアリスちゃん、まさか……)


 これ以上やり取りする余裕はない。


「おい、魔族! いったいどうやって本物の姫と入れ替わったんだよ? 姫をどうしたんだ?」


 アリーシャは突然今の状況と関係ない事を言いだしたレガートさまをやや不審そうに見たけれど、自分の勝利を確信しているので、


「あのお馬鹿さんは、旅の途中で、綺麗な泉があるから侍女たちと水浴びしたいと言い出したのよ。だから男たちはみんな近くにいなかった。それで全員に眠りの魔術をかけて近くの洞窟に隠したの。勿論殺してやりたかったけど、殺して死体が崩れると、姿の模倣を保つのが難しくなるから、仕方がなかったわ。ふふ、天界崩壊の日が来ても、あそこで眠り呆けてるでしょうね。案外一番いい目を見たのかも……」


 とあたしやエドガーから目を離してべらべら喋った。

 充分だ。

 あたしは飛び上がり、台に置かれた聖斧に真っ直ぐに向かう。


「な、なによ、逆らっても無駄……」


 あたしは両手で斧を握る。うん、充分使えそう。


「そんな野蛮な攻撃があたしに効くと思ってるの!」

「思ってないよ!」


 あたしは斧を振り上げた。


「『熊殺しのエアリス』の底力を思い知れえっ!!」


 鬱憤が溜まっていたので、恥ずかしさも忘れてあたしは隠してた異名を叫ぶ。降り下ろした斧は、がちんと音を立てて、エドガーを拘束していた鎖を断ち切った!


「あっ……!!」


 動揺するアリーシャを尻目に、エドガーは機を逃さず素早く起き上がり、アリーシャを拘束する魔道を放つ!


「うあああっ!!」


 魔族の瘴気が天使に毒であるのと同様、聖なる天使の王子の魔力もまた、魔族には大きな脅威。アリーシャは苦痛に悶えながら倒れた。


「やった……!!」


 同時に外から騎士さまが駆け込んで来て、


「犠牲は出ましたが、黒い魔獣を掃討しました!」


 と報告する。

 魔族の襲来に、勝ったんだ……!!

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