26・溺愛

 あたしとエドガーは恋人になった。嘘みたいだけれど本当だ。勿論、大っぴらにする訳にはいかないし、特に絶対に王妃陛下にばれてはいけないけれど。


 エドガーのあまりの変わり様に、あたしは戸惑ってばかり。なんていうか……その……近いよ。

 お仕事の合間にも、暇さえあればあたしの所に来て、あたしを膝に乗せたり抱き締めたり、そして「愛してるぞ、おまえは?」と聞いてきて、「愛してるよ」と言わせたいらしい。勿論他の目がある時には普通にしているけれど、もし誰かがこの有様を見たら、普段とのあまりの落差に絶句するだろう。とにかく撫でたりキスしたり、なんだか以前より余程ペット的に可愛がられている気もする。

 あたしだって、誰かとお付き合いなんてした事はなく、人の話を聞いて想像する位ではあったけれども、こう、両思いになったばかりの恋人というのは、もっと、恥じらったり、そっと手を繋いできゅんきゅんしたりするものではないのだろうか? 「愛してるぞ」とキスの雨あられで、きゅんきゅんする暇もありません。何故にこうなったし??


 おまけに、あたしはレガートさまのお館に住まわせて貰っているので、エドガーが来ればどうしても三人で顔を合わせる事もあるのだけど(レガートさまはなるべく遠慮してくれているけど、やっぱり王子さまが来ているのに挨拶もしない訳にもいかないから)、あたしとレガートさまの目が合っただけで、エドガーはレガートさまをすっごい睨んでくる。


「エアリスは俺のだからな! 仕方なくおまえに預けてるだけなんで、話しかけるな。見るな。そこ、その線より近づくな!」

「えー、俺、何もしませんよぉ。保護者として、見るのもいけないんですか~?」

「駄目だ。エアリスがおまえの視線で汚れる」

「酷いなぁ~。俺、結構役に立ったと思うのに」

「そうだよエドガー。レガートさまが、あたしの背中を押してくれたから、いまがあるんだよ!」

「……おまえは他の男を褒めるんじゃない!!」


 万事がこんな調子で……でも、嬉しい。

 エドガーがいない時に、エドガーがこんなにしょっちゅうお仕事を抜け出して怪しまれないのだろうかとレガートさまに聞いてみたけど、お仕事中は今までと全く変わりないので、ちょくちょく抜け出す事が増えても、誰も、まさかこんな事になっているとは思ってもいなさそう、との事。エドガーは元々仕事が早いし、シャルムさまとレガートさまがうまくフォローしてくれているので大丈夫だ、と。


「エドガーさまはちゃんと切り替えが出来る方だからね。心配はないよ。僕にだって、エアリスちゃんの前ではああだけど、お礼を言われたし」

「そうですか……」

「ホラ、折角両思いになれたのに、つまんない事心配してちゃ駄目だよ。いまを一生懸命幸せな気持ちで過ごさなきゃ」

「そりゃもう、毎朝起きた時に、夢だったんじゃないかって不安になるくらい幸せなんですけども」

「あはは、聞かされちゃったなあ」


 この状態を知っているのは、レガートさまとシャルムさま、そしてカステリアさまとマニーさんだけ。

 皆さん、とても喜んでくれた。

 カステリアさまは子どもの頃からエドガーが好きだったのに、と思うととても申し訳ない気がしたけれど、


「わたくしはエドガーさまが再び信用して下さるようになったのですから、わたくしに出来る事でエドガーさまのお助けになれればそれでいいのです。エアリス、そなたには本当に感謝しています……あの、頑なになってしまったエドガーさまの心を開ける者がいるとは、誰も思っていませんでした。ありがとう……」


 と涙ぐまれる。マニーさんも同意の様子。

 一方、シャルムさまは少し複雑なお顔で、


「私たちは、本当はきみに険しい道を歩むよう誘導してしまったのではないか、という気もしている。兄上に癒しがもたらされたのを喜んではいたけれど、レガートが言っていた事は変えられないから……」


 険しい道……ずっと続ける事は出来ない関係。婚約の事もいつどうなるか判らないし、半年後の事も聞けない。でもあたしは無理に笑って、


「あたし、エドガーに言ったんです。『いま何を思うのかが大事だと思う、先の事なんか誰にもわからないんだから』って。あたし今幸せです。先がどうなったって、後悔なんかしません」

「そう……なら、よかった。私からも礼を言うよ」


 お礼だなんて、何だか変な感じだけど、エドガーの役に立ったと思われているなら嬉しい。

 そしてレガートさまは、


「僕の言いたい事はこの間全部言ったからね。いまが幸せなのは、エアリスちゃんが頑張ったからだよ。僕は応援しているし、もしも困った事があったらいつでも相談に乗るし、助けになりたいと思うよ」


 って優しい事を言ってくれる。


―――


 そうして数日が過ぎた夜。

 あたしが、もう寝ようかなと思って窓を閉めようとした時……羽ばたく音が聞こえた。今では、他の方の羽ばたきとは音で聞き分けられる。立派な翼だし。


「え、エドガー?! どうしたの?!」


 なんと、王子さまは窓から部屋に入って来ました。こんな時間にこっそり会いに来るなんて、まさかこれは夜這いとかいうものでは……と一瞬どきっとしてしまったけれど、天使の貞操観念はとても固いから、結婚してないのにそんな関係になるなんてあり得ないのだと思い出す。

 案の定、エドガーは悪戯っ子のようににかっと笑って、


「明日の朝は予定がないんだ。だから、朝寝坊してる事にして、ここで寝ようと思ってな」


 なんて、軽く言っちゃった!


「だ、大丈夫なの、それ……」

「マニーに誤魔化すよう頼んどいたからな」


 あうう……次にマニーさんに会うのが恥ずかしい。

 でも、赤くなってるあたしをエドガーはいきなりお姫様抱っこして、広い寝台に放り投げる。立派な寝台だから、おとな二人くらい余裕で眠れるとは思うけれど……。

 ぽすんと仰向けに寝台に落ちたあたしに覆い被さってエドガーはキスをする。


「俺だけを愛してるか?」

「うん。世界中で一番愛してるよ」


 もう何度繰り返したか分からないやり取り。でも、何度言っても言い足りないくらい、あたしは愛し、満たされている。

 エドガーは左腕を伸ばして来た。腕枕にしろというつもりみたい。あたしはそっと頭を乗せる。しっかりと血が通って、温かい。あたし達は、同じ布団にもぐり込んだ。


「エアリス……ありがとう」


 小声でエドガーは言った。


「なに、どうしたの? あたしこそ、来てくれて嬉しい……」

「いや……俺も嬉しいけど、その、俺は今、おまえを幸せにしてやれてるか?」

「もちろんだよ! こんなに幸せだった事はないよ! ぜんぶ、エドガーが、あたしがエドガーの特別だ、って言ってくれたおかげ……」


 あたしは思わず身を起こして、あたしからキスをした。あたしたちは、だいぶ長い間抱き締め合っていた。


「俺は……誰かを幸せにするなんて出来ない、って思ってた。だから今、とても嬉しいんだ。ようやく、生まれて来て良かった、って思えてるんだ。この事を……忘れないで欲しい」


 半年後、の事を言ってるんだ、と思うとどきんとしたけど、何気ないように、うん、と応える事が出来た。エドガーは大きく息を吐いて、


「いつか、おまえの傍に居られなくなっても、俺はおまえの比翼だし、永遠におまえを愛してる」

「あの……そろそろ聞いてもいいのかな。何であたしを比翼にしたの?」

「それはまだ教えられない。聞いたら多分がっかりするから、期待するな」


 えええ。それもまだ教えて貰えないのかぁ。


「お願い……いなくならないで」

「ああ……そうだな……俺はいつだって、おまえの傍にいるから」


 違う、そんな精神論を聞きたいんじゃない。たとえ誰か別の人と結婚させられるとしても、あたしの前からいなくならないで。

 でも。


「おまえのおかげで、俺は幸せだよ。おまえの言う事を信じてよかった。おまえが俺を許してくれてよかった……」


 違う、いなくなったら許さない。でも、言えない……エドガーが、とても幸せそうだから。

 あたしは眠そうなエドガーの手をぎゅっと握る。絶対に、この手を離したくない……。

 あたしとエドガーは広い寝台の真ん中で、お互いに顔を寄せ合って、眠った。

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