52・円環の儀

「贄の王子のお務めの本質……ってなんですか? ……差し出た発言をお許し下さい。でも、どうか教えて下さい。何故、贄の王子は寿命を全うできないのか。ただ一つの願いとは何なのか……教えて下さい!」

「エアリス! この神聖な場で、余計な言葉は許されない!」


 エドガーがあたしを叱ったけど、番人さまは咎める風もなく、


「よい、贄の妃の疑問は尤もだ。元人間の贄の妃……疑問はあって当然だし、知る権利もある」

「……っ」


 あたしに真実を教えたくないエドガーは、この場を取り仕切る番人さまのお言葉に、唇を噛む。


「エドガー王は、贄の王子のお務めの本質を理解している、とわたしは言った。代々の贄の王子が、ただ周囲に教え込まれるままにお務めを貴く誇らしいものと考えていたのに対して、エドガー王は、その宿命がどこから来るのか、どんなものなのか、何故与えられるのか、苦悶と共に考えた。そして、理解した……。代替わりの時に贄の王子は皆死んでいる……即ち、お務めは生きていなくても出来るものだという事を」

「!!」


 あたしもシャルムさまもレガートさまも息を呑む。エドガーだけが苦々し気な顔をしてる。


「贄の王子は円環に入り、その豊富な魔力を円環に供給する。だが、必要なのは魔力だけで、生命ではない。贄の王妃よ、エドガー王が魔族に魔力を奪われている時に苦痛を感じていたのをそなたも知った筈だ。円環が魔力を搾り取るには、あの何倍もの苦痛を味わわねばならぬ。だから、眠ってはいても身体が耐えられずに、皆、中途で死んでしまう。しかし、それでもお務めは出来るのだ。生命力がなくなっても、魔力がそこにあれば、円環は回る」

「そんな……」


 エドガーはあたし達の受けた衝撃に答えるようにぽつりぽつりと言う。


「俺は……代々の王子が『骨もろくに残ってない』状態でも円環が止まってない、という事から、番人さまの仰る事実に辿り着いた。代々の王子は、生きて務めないと、という思いで比翼を持とうとしなかったんだろう。だが、俺は、比翼を持って生命力をエアリスに分け与えても、その事はお務めに障りがないと確信してた。並の天使として生きていく為に注いだ少しの魔力も、エアリスは体内で練って、数倍にして返してくれた。生命力もな。だから、俺はお務めの途中で死ぬと思うけど、それは定められた摂理なんだから気にしないで欲しい。……エアリス、待つなと言ったのはこれが理由だ。おまえは贄の王妃、再婚が許される。レガート、エアリスを頼む」

「……俺は、いつだって、エアリスちゃんの望みを叶えたいとだけ思っています」


 と、神妙にレガートさまは答える。

 でもあたしは、番人さまに近づいて、


「苦痛、って!! あの何倍もなんて……!! まさか、贄の王子のただ一つの願い、って……」

「そうだ、贄の王妃よ。その事実を知る王子は、苦痛から逃れる為に、最期の時まで眠る事を願うのだ。だが、エドガー王はその願いを既に使ってしまった。生命が尽きるまで、かれは苦痛から逃れられぬ」

「そ、そんな……!!」


 だから感覚の共有をあんなに拒んでいたんだ。


「エドガー……」


 泣くまいと思っていたのに、もう、今すぐ死にたいくらいに辛いよ。でも、もっと辛いのはエドガー本人……。


「すまん」


 なのに、その本人から謝られてしまう。

 だけど、絶望に沈んでいたあたし達に、番人さまはひとつの提案をなさった。


「前例のない、贄の王妃にして比翼の元人間……そなたには、成長と癒しの力がある。もしも、そなたが試練に耐えてエドガー王を苦痛から護る事が出来たなら、今までとは違う未来が見えるかも知れない」

「試練? 何ですか? エドガーを救う為なら、あたしはなんだって!」

「簡単に考えてはいけない。今まで、円環に入るのは贄の王子一人と定められていたが、比翼のそなたならば、共に入る事も叶う。だが、そこでそなたがすべき事は、癒しの歌でエドガー王を眠らせ、四百年にわたってたった一人でかれに寄り添って語りかけ、練り上げた生命力と魔力を与え、生かす事だ。円環の中では、飲食も睡眠も必要ない。時間の感覚もないままに、たったひとり……。恐らく、精神が持たないだろう……御神が望まれる程の、愛の力がなければ」


 御神が望む、愛の力。それが、どんなものなのか、あたしにはわからない。でも、言えるのは、あたしの全力で、あたしの全てを注ぎ込んで死んでも構わないくらい、エドガーを愛してるということ……。


「私、やります。仮に途中でおかしくなったって、それまでエドガーの傍にいて守る事が出来るなら、喜んで!」

「やめろ! シャルムとレガートと一緒に帰れ! そんな孤独に耐えられる筈ないだろ! 俺はおまえの幸せを……!」

「エドガーの思う幸せを押し付けないでよ。あたしはエドガーと運命を共にするのが何より幸せなの!」


 番人さまが口を挟まれる。


「もう一つ言っておくが、エアリス妃の寿命は、元々あと80年くらいの、人間としては稀なる長寿だった。なのに魔族に奪われた。これは御神の定めに反する。奪われた寿命は妃に返される」

「えっ、じゃあ……」

「ああ、天使の五百年の寿命に、80年の寿命が足されるという事だ。更にそなたは、エドガー王が与えた生命力を練り上げて増し、蓄えている。そなたが試練に耐え、エドガー王に生命力を送り続ける事に成功すれば、エドガー王には円環を出てそなたと共にセラフィムに帰り、生きてゆける可能性が生まれる、という事だ」

「なら……やらせて下さい!」

「エアリス! そんなの、無理だ。おまえは王城に帰って、レガートと家庭を築けって言っただろ! 俺はおまえに幸せになって欲しいんだ。それが俺の望みなんだ。俺の為に四百年の孤独に耐えるなんて、そんなの望まない!」

「エドガー、ありがとう。でも、考えてみて? もしエドガーがあたしならどうする? 可能性を示されたのに、それを捨てて他の女性と結ばれる道を選ぶ?」

「…………」

「大丈夫。あたしはずうっと、エドガーに幸せの歌を、夢を送る。だって、エドガーが眠ってても、エドガーと一緒にいられるのは、何よりも幸福だから。信じて、エドガー。一緒に生きて帰ろう?」


 エドガーは反論できない。


「エアリス、兄上を頼むよ……。きっとまた会えると信じている」

「エアリスちゃん、僕は寂しいけど、エアリスちゃんの幸せを応援するから……勿論、エドガーさまのも……」


 シャルムさまとレガートさまは泣き笑い。


「あたし、頑張るから。四百年後にみんなで会おう!」


 敢えて敬語を使わないあたしに二人はちょっと目を瞠って、そして優しく笑った。


「カステリアにも伝えておくよ」

「僕はずうっとエアリスちゃんに語りかけるから、比翼じゃなくて感じられなくても、そう思い出して」

「……では、円環の儀を執り行おう。清めの聖水を運んでくる」


 と、番人さまは仰った。


―――


 円環に入るエドガーとあたしは、共に清められ、祝福を授けられた。

 円環の中心の扉が開く。

 あたしはエドガーと固く手を繋いで、シャルムさまとレガートさまを振り返った。


「行ってきます! また、四百年後に!」


 エドガーはずっと俯いてたけど、最後にお二人を見て言った。


「こいつ、馬鹿だから無茶しようとして……。でも、俺は嬉しいって、今気づいた。父上や母上、オヤジやカステリアに伝えてくれ。俺とエアリスはきっと生きて帰る、って!」

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