3・お披露目パーティで天使デビューです

「シャルムさま! どうぞ踊って下さいませ!」

「ありがとう、レディ・ヴィアンカ、是非お相手させて頂こう」


 キャアアア、ヴィアンカさま、抜け駆けだわ! 羨ましい! 次はわたくしよぉ!

 令嬢天使たちの黄色い嬌声があがる中、シャルムさまは、ヴィアンカという令嬢天使をこの上なく優雅にエスコートして、美しい調べが流れる大広間の中央へ進んでゆく。


「レガートさま! あのあの、わたくしと踊って頂けませんか?」

「ああ、いいよー、リリアちゃん、だっけ? そんなに緊張したらステップ間違えちゃうよー?」


 あーっ、ずるいわ、リリア! レガートさまったら、わたくしと一番に約束なさっていたのに忘れて! あら、わたくしの方が一番を約束していましてよ? もう、レガートさまったら、いつもそうなんだから!

 もう一方の令嬢天使たちがわいわい騒いでいる中、レガートさまもまた慣れた手つきでリリア嬢を導いていく。

 レガートさまは、天使長の一人息子……天使長とは、天使の王族の次に偉い、天使の王さまの一の側近なのだ。将来その後を継ぐ……そして王子たちの親友、とあって、レガートさまもまた、令嬢天使たちの憧れの的らしい。


 シャルムさまの教育のおかげで、あたしは、この天空の国も、人間界と同じように、王族、貴族、騎士、従者……といった身分制がある事を学んだ。但し、生産業に従事する天使さまはいない。天空の世界では、必要な品物はすべて、神さまが与えて下さるそうだ。だから、身分制は、純粋に、天使としての力量から成り立っている。


『でも、最初の天使さまの時代はそうでも、王族と貴族が結婚したり、とにかく色々血が混ざっていけば、段々、身分=力量、にはならなくなったりしませんか?』


 って、あたしは失礼な疑問をシャルムさまに投げかけてしまった事もある。言った後で、これって王子のシャルムさまに対して無礼では……と口を押えたあたしにシャルムさまは優しく笑って、


『そうだね、エアリスは賢いね。確かにその通り、原初の時代ほど、力量の区分は明確でなくなってきている。でも、一旦築いた枠組をそう簡単に変える事は出来ない。それに、天使は人間と違って、神の恩恵だけを望み、地位や名誉には拘らない。だから、ちゃんと統制はとれているんだ』


 そんなシャルムさまのお言葉に、ははあ、流石天使さまの世界は立派だなぁ、なんて思ったんだけども。


 最初の日から薄々感じていたけど、令嬢天使たち、めっちゃ地位や名誉に拘っているのでは?! あたしを人間と見下すのはまだ理解は出来るとしても、あの時の、エドガーに群がった令嬢天使たちは、明らかに互いを牽制し合いながら、あたしという不確定要素を排除することに熱心だった。


 そして今も。この、天空の王城の舞踏会に出席できるという、元人間としてはあり得ないような名誉を頂いてここにいるあたしの目には、シャルムさまやレガートさまの取り巻きの令嬢天使たちは、村長の息子や城仕えの名誉兵の息子に群がってた村の女の子たちとなんら変わりないように見えた。天使さまに対して失礼な考えかもしれないけど、でも、純粋培養なシャルムさまには解らないだけなのでは? と。


 そして。

 そんなシャルムさまやレガートさまよりも、身分的には上な筈の俺様王子、エドガーには、何故か、誰もダンスの誘いをかけようとはしない。


「エドガーさま、お飲み物を運ばせましょうか」

「エドガーさま、果物でもいかがでしょう?」


 なんて、あの日文句を言いに来た令嬢たちは、競って話しかけては来るものの、一緒に踊って下さいとは言わない。勿論、エドガーの傍に、言われた通りに付いているあたしはガン無視だ。えっと、一応、今日は、『新たな一族、エアリスのお披露目』という名目もあるんですけど。

 別にあたしは、注目されたいとか優しくされたいとかなんて思っていない。……だって、あたしにそんな資格があるとは思えないから!

 教会の壁画みたいな美男美女しかいないこの天空界で、あたしの容貌は惨めに思えた。人間だった頃は、格別美人ではないけど、別段醜くもない、と思っていた……思おうとしてた。本当は、ちょっと上向きな鼻や、少し大きな口が気になってはいたけれども。そんな事を隠す為にも、あたしは強気に振る舞っていたんだった。

 でも、今は、そういう欠点は勿論の事だけど、村では当たり前だった真黒な髪、そして他に見ない生え立ての小さな翼が、周囲のキラキラの中で、あたしの地味さ、場違いさを際立てている気がした。

 お披露目なんかいらないのに。あたしは見られたくない。尤も、元穢れた人間なんて、誰も話題にしようとはしないけれども……。

 エドガーはむっつりと黙って、取り巻き令嬢たちを無視している。この一画だけ、なんだか空気が重い。これって、あたしのせい?


「あの……あたし、部屋に下がりましょうか」


 なんて、思わずらしくない弱気な事を言ってしまったのは、別に令嬢たちに気兼ねした訳ではなくて、つまらなさそうなエドガーを見ているのがなんだかもやもやしたから。あたしがいなくなれば、エドガーはもう少しはパーティを楽しめるかもしれない……なんて。


「そうよ! 人間風情が似つかわしくないところにいるから、エドガーさまはいつにもましてご機嫌斜めなんだわ!」

「お披露目なんて笑わせるわね。あんたはペットなんだって? だったら、馬小屋に行ってまぐさでも食んでればよいのだわ!」


 ……むむう。相変わらず、言いたい事言ってくれるじゃん。

 別に、来たくて来た訳じゃないんですけど? エドガーが、着飾って来いと言うから、嫌そうな侍女天使さまにドレスを着せられて、ここにいるだけなんですけど?


「まぐさなんか食べないけど、あんたたちの顔見たくないから戻る! エドガーだって退屈そうだしね!」

「んまぁぁぁ!! ペットの癖になんて物言いなの! やっぱり人間は下品だわ!」

「エドガーさまを呼び捨てに……ああ、人間にはエドガーさまの素晴らしささえ理解できないのねっ!!」


 予想通り、令嬢たちはキャンキャン吠えて来る。これが、現世では崇められている天使さまなんて馬鹿馬鹿しい……戻ろう……と思って背を向けた瞬間。


「きゃっ……」


 背中の開いたドレス、そして翼に、冷たいものがかかった。誰かが傍にあった飲み物をぶっかけたのだ、ってすぐに判った。でも突然だったので、思わず悲鳴をあげてしまう。


「馬じゃないわ、ねずみよ、濡れ鼠!」

「きゃはは、リベカさま、お上手!」


 令嬢たちは笑い転げている。流石に超むかついたけれど、ここで言い返したら、こんな低レベルな女たちと同列になってしまうかも……なんて、怒りに拳を震わせて、どうしようかと迷ったのは数瞬。


「……おまえら。俺のペットをよくも苛めたな」


 ドスのきいた不機嫌な声が響いた。かれはあたしの翼から滴るべとっとした液体をじっと見ている。笑いさざめいていた令嬢たちは途端に静かになる。


 エドガーは、椅子から立ち上がった。


「おい、エアリス」

「な、なに」

「俺のペットの癖に、許しも得ずに、出て行こうとはどういうつもりだ?」

「だって……」


 大体、ペットじゃないし! と言おうとした時。

 なんと王太子さまであるエドガーは、黙って傍のテーブルからナプキンをとり、


「風邪をひく。俺にうつされると困る」


 と、周囲に言い訳でもするかのように言って、濡れたあたしの背中と翼を、丁寧に拭いてくれたのだ。


「あ……あの、ありがとう。でもやっぱあたし……」

「黙れ。もっと堂々としてろ。おまえは俺のものなんだから」


 そして、あたしの返事も待たずに、出会いの時のように強引にあたしの首根っこを掴んで、広間の真ん中に進み出ていく。えっ、えっ?? ちょ、恥ずかしい!!


「これが俺様の新しいペット、エアリスだ! つまんねえ手出しをしたら俺様が許さんぞ!」


 周囲に向かって、エドガーは大声で宣言する。友好的とはいえないざわめきが起こる。あからさまな反発ではないけれど、何を考えていらっしゃるのだ、というような。


「兄上……?」


 近くにいらしたシャルムさまが不安げに声をかけて下さったけど、その不安がどういうものなのか、この時のあたしには全く解らなかった。

 エドガーは、首根っこを離し、優雅な仕草であたしの手をとった。


「新しい曲だ。おまえのお披露目だぞ。エアリス、踊れるか」

「……シャルムさまが教えて下さったから」

「ふん、俺に恥をかかすなよ」


 そして、あたし達は踊った。誰もが、自分が動くのを忘れて見とれていたように思う。勿論、あたしではなく、エドガーの姿が綺麗だったからだろう……とその時は思うばかりだった。エドガーのリードはとても丁寧だったけど、その分、へまをしないように必死だったから。


 でも。後で、もう何年も、エドガーは人前で踊った事はないのだ、と聞いた……。

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