18 学年の壁

「で、結局二人で出る事になったのか」


「負ける訳にはいかないんで」


「負かせる訳にはいかないんで」


 翌日、申請書にサインした俺達はそれをブルーノ先生に提出しに行った。

 この申請書を見る感じ、万が一死亡事故が発生した場合などの話も掛かれていて、この魔戦競技祭というのが本当に危険なんだという事は改めて理解できた。


 だからこそ負ける訳には行かない。

 アイリスには指一本触れさせない。

 可能な限り完勝を目指す。


「うんうん、二人共良い感じに好戦的でエネルギッシュな目をしてんな。そこんどこは合格だよ。何事もまずは気持ちからって言うからな」


 だが、とブルーノ先生は真剣な表情で言う。


「気持ちだけじゃ乗り越えられない。越えなきゃいけないハードルは中々高いからよ。やれるだけの準備はしといた方が良い」


「準備……ですか」


「そ、準備。魔戦競技祭に挑むに当たって、現状致命的に足りていない物があるからね。本番を見越して少しでも積み上げていかないと」


 その言葉にアイリスは少し難しい表情を浮かべて言う。


「確かに……現状ボクの魔術は山程改善点がありますし……もっと精度が高い物に……」


「違う違う。勿論よりよい形に術式を最適化できれば、それはそのまま大きな戦力となる。だが現状お出しされてるアレでまだ足りないなんて言う程、俺は物の価値が分からない馬鹿じゃねえよ」


 そう言ってブルーノ先生の視線は……俺に向けられる。


「ま、まあ俺は足りねえ事だらけですからね」


「いやまあそうだろうけど、別に今俺が言いたい事は、お前の考えてるような事とはちげえぞ。お前だけじゃない……お前を含めた一年生のほぼ全員に足りねえ事だ」


「ほぼ全員……?」


「なんだと思う?」


「そうですね……」


 俺だけじゃなく一年生のほぼ全員に足りていない事。

 逆に言えば二年生以上は足りているか、もしくは俺達よりも積み重ねている。

 となれば……。


「経験……ですか?」


「80点。ほぼ正解って感じだな。そう、ユーリの言う通り、当然ながら一年は基本経験が足りない。そりゃそうだ、今から積み上げていく段階なんだから」


 中でも、とブルーノ先生はおそらく足りなかった20点の話を始める。


「戦闘経験が致命的に足りない」


 戦闘……経験。


「お前ら一年も追試内容がこの前のゴーレムぶっ壊す奴になってたみたいに、全く戦闘を経験しない訳じゃない。だけど一年のカリキュラムはそういう事も含めた基礎全般。全体の一部でしかねえ」


 ……確かに俺達が学んでいるのは魔術を使った戦い片だけではない。

 だからこそ、この先それ以外の試験も待っているであろう事は予測できて、俺は追い込まれている訳だ。


「だけど二年三年は違う。二年以降は選択科目でそういう授業に重きを置くことができるし、三年に至ってはインターンでそういう現場を体験している生徒もいる。だからお前ら一年とはあまりにも場数が違うんだ」


「なるほど……確かにそう聞くと全然足りてないですね」


 ……そもそも魔術の有無関係なく、力一杯人を殴った事とか無いもんな。

 これは確かに……思った以上に、経験に開きがある。

 で、それを理解したとしてだ。


「でも準備って言ったって、そんな簡単にどうこうできる話じゃ……」


 期末テストも終わり、それに落ちた俺達の追試も終わり。

 まさしくもう夏休み前。

 魔戦競技祭の校内予選直前といっても過言じゃない時期なんだけど……。

 だけどブルーノ先生は笑みを浮かべる。


「普通はな。普通は今から何かやった所で付け焼き刃にしかならねえ」


 そう認めた上で。

 だが、と俺の目を見て言う。


「ユーリ。お前なら別にそれも無理な話じゃねえんだよ」


「……え?」


 そんな意味深な事を。

 

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