9 最悪で最高の戦い方

 アイリスの術式を発動した瞬間、自分の生きている世界が変わったのではないかと錯覚するような強い力が湧き上がってきた。


 発動したのはシンプルな強化魔術。


 身体能力や肉体の強度。動体視力に至るまで、人間のスペックを著しく向上させる、汎用魔術の中でも比較的ポピュラーな術式。

 その超上位互換。


 例えそれが著しく劣化した代物でも、目の前のゴーレムを一撃で粉砕できる確信があった。


 だけどそれはしない。

 そんな正攻法は取らない。

 これから俺は最悪な戦い方をしようと思う。


 正面から、ゴーレムの拳が迫る。

 この状況で取るべき真っ当な手段は思いつく限り三つ。


 ①機動力を生かして拳を躱す。

 ②強化された筋力を生かして拳で迎え撃つ。

 ③強化魔術と共にアイリスから劣化コピーした結界術で受け止める。


 そうした手段を行使して攻撃を防いで、その後胴体に一撃をぶち込んで終わらせる。

 それが真っ当な戦い方。

 秒でこの追試を終わらせられるやり方。


 だけどそれらは全て破棄した。



 俺は一歩も動かない。

 防ぐ素振りも見せない。



「な……ッ!?」


 その一撃を、微動だにせず受け止める。


「……」


 痛くも痒くも無い。

 何も動じない。


 そして俺の体に触れて止まっているゴーレムの拳を、右手の人差し指で押し返す。

 それから指に力を込めて。拳の中心に向けて。


 デコピンとかいう舐め腐った攻撃を打ち込んだ。


 それだけでゴーレムの腕は胴体から引き千切れ弾き跳ぶ。


「まずは片腕」


 呆然とした表情を浮かべるハゲに向けてそう言って、煽るように舐め腐った言動を更に続ける。


「次はもう片方の腕を貰います」


「い、一体何が……ッ!」


「あの論文に書かれていた魔術を、どうしようもない程に劣化させて得た力でちょっと弾いただけですよ」


「ば、馬鹿な……そんな筈は……ッ」


 良いぞ悩め考えろ、今目の前で何が起きているのかを。

 観客席で見てる馬鹿共もだ。

 この力がどういう物かを理解しろ。


「じゃあ時間もあまりないんで、次行きましょうか」


 言いながら思う。


 ……性に合わない。

 ……自分で実践して肌で感じてやはりこういう戦い方は最悪だと再認識する。


 何かを成し遂げられる実力があるならさっさと決めてしまえば良い。

 それを態々回りくどく、気が済むまで自分の力を見せつけるような。

 そうやって力を誇示してイキリ散らすような戦い方。

 それをましてや貰った力で。

 盗んだ力で実行したんだ。


 最悪以外の何物でもない。

 外野で見せつけられると腹が立つ、俺が嫌いなやり方だ。


 だけど今はそれで良い。

 自分の好き嫌いなんて持ち出すな。

 ……俺はひとまず、この追試を突破できればそれでいい。

 故に考えるべきはアイリスの事。


 だからイキリ散らして。貰った力を我が物顔で見せびらかして。

 目立って目立って悪目立ちして。


 見せられるものを見せられるだけ見せて、俺の友達は凄いんだって事を証明するんだ!


 そして地を蹴り追撃を始める。

 

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