4 停滞と悪足掻き

 それからは、酷く重苦しい空気が俺達に纏わりついていた。


 きっとアイリスはこんな空気になる事を望んでいなかったと思う。


 当たり前だ。

 俺だって嫌だ。


 だけど軽く流す事なんてできる筈が無くて。

 受け入れて楽しい会話を交わしながら荷造りの手伝いなんてできる訳が無くて。


 やがて何をする訳でもなく、ただ無言の空間でコーヒーを飲みほした俺は、軽く息を整えてから沈黙を破る。


「……とにかく俺は荷造りなんて手伝わねえからな。ちゃんと二人で追試突破して、明日改めて一緒に祝勝会でもしようぜ」


 そう言って俺は立ち上がる。


「もう……行くのかい?」


「ああ。やれるだけの事はやらねえと。俺も、お前も」


 そう言って踵を返す。

 此処に呼ばれた理由が明日の追試対策ではなかった以上、今俺は此処に居るべきではない。

 俺には俺のやるべき事があるし、きっとアイリスは俺が此処に居る間は何もしないだろう。

 この空気は壊さないといけない。


 まあ俺が居なくなったからといって。

 この空気を壊したとして。

 それでアイリスが前向きな考えで足掻き始めてくれるのかは分からないけれど。

 ……そもそも、まだ普通に魔術を使う事ができる俺と違い、アイリスにできる事が残されているのかも分からないけれど。


 ……本当に、アイリスにとって新しい術式を記した論文が希望だったんだ。

 そして成就しなければならない物の筈なんだ。

 俺には書かれている事が正しいのかは分からないけれど、それでもアイリスが正しいと言えばきっと正しい筈だから。


 ……せめて俺のスキルで証明してやる事ができれば、と思うよ。


 例え劣化していてもその術式を発動させる事ができれば。

 アイリスから劣化コピーができれば。

 そこにあった記述が全部全部正しかったと証明できる。


 きっと凄い筈の魔術を、劣化してもこれだけ凄いんだって、学園中に知らしめる事だってできる筈なんだ。


 だけどそんなのはただの妄言。

 手を伸ばせなかった理想の光景。


 俺がコピーできるのは発動している魔術と、触れている相手が使える魔術だ。

 アイリスには魔力が足りなくて自分で考案した術式を使う事が出来ない。


 故に結局このゴミスキルは、なんの役にも立ちはしない。


「ユーリ君!」


 部屋から出ていこうとする俺をアイリスが呼び止めて言う。

 言ってくれる。


「頑張って。ユーリ君ならできるよ」


 そんな、背中を押してくれるような激励の言葉を。

 一緒に隣を歩いてくれるのではなく、力一杯俺だけを押し出すような、そんな言葉を。


「……お前もな。なんとかなるって、頑張ろうぜ」


 俺も、頑張って笑みを浮かべてそんな言葉をアイリスに返す。

 ……だけど、そんな言葉は果たして届いていただろうか?


 アイリスの言葉は少なからず俺に届いている。

 いつだって届くような言葉で俺の背を押し続けてくれている。

 だけど俺の言葉は。


 諦めムードだったアイリスに、少しでも前へと進もうと思わせる事ができたのだろうか?

 背中を押せたのだろうか?

 押し出してくれた場所へと引っ張り上げる事が出来ているのだろうか。


「じゃあ、また明日な」


「うん」


 きっとできていないのだと思う。


 それができないまま、この日俺達は分かれた。

 そしてそれが改善できないまま。


 俺自身限界までやれる事をやったけど、殆ど何も変わらないまま夜が明けて。



 俺達の命運を決める追試当日がやってくる。

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