3 頼み事
「しっかし落ち着いてるねユーリ君は。一応女の子の部屋にお呼ばれされているんだよ」
「そりゃ何度も来てるから慣れた。普通に居心地が良いよ」
嘘だ。
毎度ドキドキしてるし今だってドキドキしている。
思春期の男子舐めるな。
必死に顔に出ないよう頑張れるようになっただけなんだよ。
誘われて一緒に勉強してるときも、晩御飯を沢山作りすぎたから食べるのを手伝えと呼ばれたときも、毎度毎度緊張している。
緊張しすぎて味分からなくなるんじゃないかと思う位に。
まあわかったんだけど。
無茶苦茶美味しかった。
店開けるよ。
開いたら通う。
絶対通う。
「そっか。居心地よく思ってくれてるなら良かったよ」
そう言ってアイリスは笑みを浮かべる。
そんなアイリスに聞いてみる事にした。
「で、俺は何を手伝えばいいんだ?」
別に用なんて無くたって良いんだけど……まあ誘われた時に察してはいたけど、大体用件は分かってる。
「まあどうせ明日の追試の事だろうけど。俺は一体何を手伝えば良い」
「……そうだね。ユーリ君も忙しいだろうから、早めに本題に入ろうか」
どこか名残惜しそうに行ったアイリスは、少し間を空けてから意を決したように言う。
「……荷物を纏めるのを手伝って欲しいんだ」
一瞬で、場の空気が凍り付いた。
「……は? 何言ってんの?」
あまりに予想もしなかった言葉が返ってきて、思わずそんな間の抜けた声が出てきた。
荷物を……纏める?
「ほら、そこそこ家具とかも追加で増やしちゃって。組み立てたりとか諸々の作業も手伝ってもらっただろ? ……女手一つじゃ荷が重いんだ」
「いや、そうじゃなくて!」
「……ッ!」
思わず声をあらげてしまって、アイリスの肩がビクリと震えたのが見えた。
流石にそれを見て、軽く息を整えてから……少しでも落ち着けるように努力しながらアイリスに問いかける。
「必要ねえだろそんなの……なに? どうしたのお前。引っ越しでもするのか?」
分かっている……自分が随分と白々しい態度を取っているのは。
アイリスの頼みがつまりどういう事なのかは、嫌な程伝わってくるんだ。
そして嫌な程伝わってくるから……白々しい言葉すらも吐けなくなって。
さっきまで楽しくて少し恥ずかしいような、そんな空間が葬式でもやっているみたいに重苦しい空間に変わってしまった。
そして互いに黙り込んだ末に……やがてアイリスが口を開いた。
「……ボクにはもう無理だよ」
紡がれたのはそんな弱音。
「この前提出した論文を突き返された時から……ちゃんとユーリ君に話さないとって思ったんだけどね。気がつけばこんなにギリギリのタイミングになってしまったよ。中々勇気が出なくてさ……ごめん、こんな大変な時に」
そう言って苦笑いを浮かべてアイリスが言う。
「本当の事を言うとさ、荷物を纏める手伝いなんてのはただの口実で。ボクは最後にキミとゆっくり話がしたかったんだ」
「最後って……」
「ユーリ君は合格する。ボクは落ちて退学する。そうなればいなくなるボクなんかに割いてくれる時間なんて無さそうだから……最後に少しだけでもキミと過ごしたかったんだ」
「ふざけんなまだ分かんねえだろ! 諦めたらそれで終わーー」
「分かるんだよボクには」
「……」
「ボクは此処までだ」
その言葉は酷く重い。
これがただ諦めている気弱な人間だったなら、いくらだって瞬時に言い返せる。
だけどアイリスは天才なんだ。
生まれつき魔力を体内に留めておく器官に障害があって、その瞬間に精製した魔力しか使えない。
そんな魔術師としては致命的すぎるハンデを背負いながらも、自分で発案したらしい、それこそ誰にも理解できないような技能を駆使しながら、なんとか補欠合格にまで辿り着いた。
本来超初級の魔術を一瞬使う事ができる程度の魔力量で、此処まで辿り着けるような1000年に1人と言っても過言ではない程の大天才なんだ。
そんなアイリスが、足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて。
その上で無理だと判断した。
そうやって吐き出した弱音は、どんな言葉よりも重いんだ。
だからここから俺が何を言っても、なんの根拠もなく駄々を捏ねているだけに過ぎない。
そんな事は分かっていても……言葉は溢れ出た。
「……もう一度学園に戻ろう。まだあのハゲだっている筈だ」
「ユーリ君……」
「さっきお前が片付けた魔術の公式書いた論文。アレもって直談判しに行くんだよ!」
ドルドット魔術学園で評価される為の手段は二つある。
一つ目は通常のカリキュラムをこなした上で、定期的にある試験で一定以上の成績を残し続ける事。
これが基本であり、俺達はそこで躓いて立ち止まっている。
だけど二つ目の手段を越えるだけの力をアイリスは持っている。
通常のカリキュラム以外での成果物の提出。
例えば魔術に関係する競技などで高い成績を残したり……それこそ、優れた論文を書いたり。
基本的にそれが出来る奴は通常のカリキュラムでも合格できる成績を残している。
故に基本的にはそこに加点する為の制度な訳だが……もし、もしもだ。
現行の魔術よりも遥かに優れた魔術の公式などを、世に知らしめる事ができれば……それが評価されない筈がない。
例えその魔術を自分で使う事ができなくたって……きっと退学だって回避できる。
……だけど。
「……いいんだユーリ君」
「……ッ」
アイリスは首を横に降った。
「もういいんだ」
知っている。
そんな事、既にアイリスが何度も何度も何度も。何度だってやっているのを知っている。
理解されなくて突っぱねられて。
より分かりやすく書き換えて提出しても理解されなくて突っぱねられた。
……俺も、誰も。誰一人でさえ。
アイリスの頭脳に着いていく事ができない。
誰もがアイリスより無能なせいで、アイリスが無能扱いされているんだ。
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