2 劣等生と劣等生

「それでどうだったんだい? あのハゲはキミのスキルにどんな反応してた?」


「事前に想像してた通りだよ。罵り罵り&罵り。そんでそれが正論で反論の余地が無いのが死ぬ程腹立つ」


 あのハゲにも。

 そして言い返せない自分にも。


「……そっか」


 アイリスは複雑な表情を浮かべた後そう言って、それでもやがて前向きな表情を浮かべて俺の目を見て言う。


「でもキミはまだ諦めていないんだろう?」


「当然。こんな所でドロップアウトする訳にはいかねえんだよ俺は」


「知ってた」


 そう言って笑みを浮かべたアイリスは、一拍空けてから言う。


「ところでユーリ君。この後空いてるかい?」


「ん? ああ、一応空いてるけど」


 嘘だ。空いている時間なんてあるわけがない。

 もう時間がないんだ。


 追試までにやれる事をやって。

 やれる事をやって。

 とにかくやれるだけの事をやって。


 1パーセントでも良い。追試に合格できる可能性を高めておく必要がある。


 だけど。


 自分が崖っぷちの立場であるからこそ、今まで自分を支えてくれた友達の誘いだけは無下にはできない。

 認めたくは無いけれど……アイリスと顔を合わせる機会なんて、もうあまりないかもしれないんだから。


 そしてアイリスは言う。


「だったらちょっとボクの部屋に来てくれないか? 時間がないキミに頼むのは少しきが引けるけど……少し手伝って欲しい事があるんだ」


「手伝ってほしい事? 何するんだ?」


「それは着いてから話すよ。少し話しづらい事なんだ。で、どうだい? 手伝ってくれるかい?」


「分かった。なんか知らねえけど手伝うよ。任せとけ」


 アイリスに時間を割くのは構わないし、何か頼みがあるなら尚更だ。

 一体何を手伝わされるのかは分からないが、時期的に大体の予想は付くし……だとすれば手伝わないという選択肢は無い。

 俺が手伝う事でアイリスの未来を変えられるなら、やれるだけの事を全部やってやりたい。

 やらなければならない。

 変えなければならない。


 だってそうだ。


「やった。流石ユーリ君だ。じゃあ行こうか」


 そう言って笑う俺の友達は、正当な評価の元で退学の危機に瀕している俺とは違う。

 頑張って。

 努力して。

 評価されなければおかしいような事を山程やっていて。

 それでも不当な評価を下されて退学の危機に瀕しているのだから。



     ◇



 ドルドット魔術学園は全寮制という訳ではない。

 国内から優秀な魔術師の卵が集められているが故に、多くの学生が実家から離れて独り暮らしをしている訳だけど、学生寮を利用する事が義務付けられている訳ではない。

 少数ではあるが、都市の中にアパートなどを借りてそこから通学している者もいる。


 俺とアイリスはその少数派の人間だった。


「ちょっと待っててくれ。部屋に荷物だけ置いてくる」


「分かったよ」


 そんなやり取りを交わして、俺は目的地の隣の部屋の扉を開ける。

 学園唯一の友達は俺の隣人でもあるんだ。


 二か月程前、同じようなタイミングで学生寮から逃げ出してきた。

 心を病む前に。

 関わりたくも無い同級生達と関わる時間を少しでも減らす為に。

 まあ、こういう選択をしている時点で少し位は俺もアイリスも病んでしまっているのかもしれないけれど。


 とにかく、逃げた先のこの場所は俺にとってこの世で一番落ち着く空間だと言っても過言ではない。


 明日の追試に落ちれば此処を出ていく事になるんだけど。


「……考えんな、そんな事」


 俺もアイリスも此処に踏み留まる。

 ……荷物は纏めない。

 絶対にだ。


 改めてそう強く考えた後、俺は手荷物を置いて部屋を後にする。


「お待たせ」


「待ってないよ。じゃあ行こうか……といっても隣なんだけどね」


 そう言って鍵を開けて部屋に入るアイリスに続く。


「お邪魔します」


「ボクとキミの仲だ。そんなに畏まらなくても良いんだぞ」


「いや、畏まる畏まらない云々これ最低限のマナーじゃね? それともなに、ただいまとでも言えば良かったか?」


「……」


「……」


 勢いで言ったけどはっずッッッッッッッ!

 恥ずかしくて死にそうなんだけど!? 冗談言うにしてももっとこう……ねえッ!


「……」


 お願いなんか言って顔剃らさないでお願いだから俺を助けてくれ。


 そしてアイリスは少し間を空けてから言う。


「あ、あの……と、とりあえず……コーヒーで入れるけど、ブラックで良かった?」


「あ、はい、それでお願いします……」


「じゃ、じゃあ適当に座って待ってて。すぐ用意するから」


 そう言ってアイリスは逃げるようにキッチンに走っていく。

 ま、マジで変な事言っちゃった。

 大丈夫? 嫌われてねえ? アイリスにまで嫌われたら俺この先あの学園通える自信無いんだけど?


 勘弁してくれ……ほんと、アイリス以外、まともに会話が成立する奴がいないんだから。


 そう、いない。

 アイリス以外は誰も。


 魔術師は基本的にプライドが高い連中が多い。

 基本的に自分かそれ以外かで物事を考えるような連中が多く、交遊関係を持つ相手も自分に見合った人間か自分にとって利用価値のある人間かなんてのが多くて。

 魔術師の家系出身の奴はそれが本当に顕著だ。


 そして二年、三年、四年の生徒の事は分からないが、俺の知る限り今年の新入生は俺やアイリスを含め魔術師の家系の人間しかいない。

 そうじゃない人間は皆、受験の段階で落ちた。


 つまりは悪い意味で尖った社会不適合者みたいな連中が中心となってコミュニティが形成されている。

 そしてアイツらにとって俺やアイリスは、自分達に見合う事もなければ利用価値も無い。

 それどころか肩を並べたくない邪魔な存在なのだろう。

 故に俺達がまともな交遊関係を築ける筈もなく、共同生活だって送れる筈も無い。


 俺のスキルだってまだあの連中には知られていないけれど、知れば大笑いされると思う。


 そんな事を考えながら、テーブル前に置かれた椅子に腰かける。

 綺麗な文字で意味の分からない事が書き詰められた用紙が大量に散らばったテーブルの前に。


 ……書き込まれているのは魔術の公式……らしい。

 俺にはそれが1パーセントも理解できない。


 だけどそれは俺が無能で理解できないとかそういう訳ではない。

 そんな次元を越えている


 誰にも理解できない。

 クラスの連中にも……あのハゲにも。

 この公式を文字の羅列にしか認識できない。


 ……これを書いたアイリス以外には、誰も解読できないんだ。


 それをしばらく眺めていると、キッチンからマグカップを持ってアイリスが戻ってきた。


「あ、ごめんごめん。散らかしたままだったよ。すぐ片付けるから」


 そう言ってアイリスはマグカップを置いた後、そそくさと机の上の書類を纏めて片付ける。


「いやぁ、友達を呼べる状態じゃなかったなぁ、ははは」


「別に気にしてねえから良いよ」


 むしろあの散らかった紙からは、アイリスに対する好感の感情しか沸いてこないんだ。

 あれはアイリスが頑張った証なんだから。



 そしてそれが評価されないから、アイリスは退学の危機に瀕している。



 魔術をまともに使えないアイリスがこの界隈で唯一生き残る為の術なのに……あまりに難解なこの術式の公式を、術式の公式だと認識する事すらできないから。


 アイリスという俺の友達は無能の烙印を押されてしまっているんだ。

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