ex 兄と弟 上
色々と起き過ぎて、意味の分からない状況ではあった。
だけどそんな状況にあっても、今自分がやるべき事は理解できた。
「ミコ! まっちゃん! お前ら二人は山降りろ!」
「え、でも……」
「大将は!?」
「俺はあのブルーノとかいう教師を追う!」
二人に危険地帯となったこの山を下りるように告げ、自身は走り出した。
走り出し、跳び上がり。
そして風を操り空を飛ぶ。
そして飛んだ先。
開けた場所に追っていたターゲットがいる。
倒れるユーリと、隣に立ち尽くすアイリスという一年と。
その二人の盾となるように立つブルーノの姿が。
そして自然と脳裏に、先のブルーノの言葉が過る。
『一応言っとくが俺は別にユーリの敵じゃねえからな!』
まるでその言葉通り、ブルーノは二人の盾になるように立っている。
(……本当に味方なのか? 少なくともこの場では)
それは分からないが、とにかく今はそうである事を願うしかない。
ブルーノが仮に敵だとすれば、自分一人ではどうする事も出来ない。
自分の身すら守れるか怪しい。
だから。
「お前の弟とその子の事、お前に任せる!」
ブルーノが完全にこちらに隙を見せてそう言ったのを聞いて、僅かに安堵できた。
実際この男の思惑は全く見えてこないが……それでも。
それでもこの場においては味方だと確信が持てたから。
(ユーリを連れて行ったのは、自分の手の届く範囲に置いとく為か?)
魔術でこの先の状況に対処できるように構えながらそう考える。
確かに今この状況でブルーノがこの二人を守る為に動いていたのだとすれば、納得できる。
そんな風にブルーノの行動について考えながら、目の前で繰り広げられている戦いに視線を向ける。
「……」
やはり先程の戦いは運が良かった。
直接ぶつかり合う前に、向こうがこちらの都合の良い様に動き続けてくれて良かった。
「……ッ」
今の自分では目の前の戦いのレベルに届かない。
出力も。
動きの切れも。
何もかも。
その全てが自分の上を行かれている。
遠距離から加勢しようにも、このレベルの戦いにどうやって割って入ればいいのかが分からない。
……おそらくそれは無理だ。
自分にできるのは、この場を守り切る事だけ。
……それすら、果たして自分にできるのか。
そう思っていた時だった。
「弟って……もしかして、ユーリ君のお兄さん……だったんですか?」
アイリスが自分にそう問いかけてくる。
「ああ。ロイド・レイザーク。そこで倒れてるユーリの兄だよ」
「そ、そうなんですか」
そう言った後、独り言のような小さな声でアイリスは言う。
「……お兄さんが居たんだ」
「……」
その独り言を聞きながらロイドは思う。
(……そりゃ兄弟が居るとか、そんな事は話して無いか。こんなどうしようもねえ兄ちゃんだしな)
自分が逆の立場だったら絶対に他人に言いたくはない。
そもそも他人と会話している時に思い浮かべたくない。
……そんな、酷い存在だろう。
そしてユーリと仲良くしてくれているのなら、きっと家庭環境なんかもある程度察しが付いてもよさそうで。
そして……きっとユーリの事をよく見ていてくれただろうから、自分がユーリを罵っている場面などもどこかで見ているのかもしれない。
アイリスから、こんな問いが投げかけられた。
「お兄さんは……ユーリ君の味方ですか?」
即答したい。
シンプルに味方とだけ言いたい。
堂々とそう宣言したい。
だけど……自分にはそんな白々しい事を言う資格はない。
「敵だよ」
だから言葉が自然と出てきてしまう。
「俺はユーリにずっと酷い事を言い続けてきた。ユーリの心を傷つけ続けてきた。そんなの敵以外のなんでもねえよ」
「……」
アイリスはそれを黙って聞いた後、一拍空けてから言う。
「でも何か理由があったんですよね」
態々言わずに我慢しているのに、その気持ちを掘り起こすような言葉を。
「どうしてそう思う」
「なんとなくです」
「なんとなくって……」
「その、うまくは言えないんですけど……ほら、ユーリ君の事を嫌っている人とかは、嫌な位見てきましたから。今の少しの会話だけで、そういうのとは違うんだって。そう感じました。こういうの経験則って言うんですかね」
「……」
カンが鋭い。
……いや、それだけ酷い環境にユーリが居たという事だ。
本当だったら自分が助けてやらないといけないような、酷い環境に。
そしてアイリスが問いかけてくる。
「それで……なんでそんな酷い事をしてきたんですか」
「……」
恐らく此処ではぐらかしても、アイリスはこの事を尋ねに来る。
おそらくユーリの為に。善意で。
……今後、アイリスがユーリと居る時に遭遇してしまったとして、この話になるのは面倒だ。
……きっとユーリは良い顔をしないだろう。
だからこの話は此処で終わらせておく。
「一緒に居たなら分かるだろうけど、ユーリには魔術の才能が無い」
「……そうですね」
ちょっとは否定しろよと。
そう思うけどきっと違う。
そういう事が言える位、距離感が近いのだろう。
それを少し微笑ましく思いながら続ける。
「でもアイツは立派な魔術師になろうとするのを諦めなかった。それを追い続けたら人生を棒に振るだけなのに。それこそお前みたいな奇跡と出会いでもしなけりゃどうにもならねえ未来しか待ってねえのに」
だから。
「軌道修正が少しでも聞くうちに、例えどんな事を思われようとユーリに魔術師の道を辞めさせる必要がある。アイツは真面目で努力もできる奴だから、魔術師以外の道に進めれば、どっかでうまい事やれる筈なんだ。少なくとも学園の中での酷い扱いみたいなのは絶対に受けねえ筈だ」
だから。
「誰かが嫌われ者になるしかなかった。ただそれだけ。話は終わりだ」
「……んだよそれ」
返事をしてきたのは、アイリスでは無かった。
「話は終わり……じゃねえだろクソ兄貴」
この最悪なタイミングで。
聞かれてはならないような話をしているタイミングで。
ユーリ・レイザークが目を覚ました。
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