23 全力戦闘

 現状アイリスから劣化コピーしている術式は、あの追試の時と変わらない。


 強化魔術。

 結界魔術。

 遠距離攻撃用の魔術弾。


 全力でとは言ったが、今回魔術弾は無しだ。


 この戦いは態々大層な結界を張ってまで、周囲に配慮して行われる。

 そこで魔術弾を打ち外した場合、それこそ地面が大きく抉れるみたいな事になる訳で。


 全力でやるというのは、何でもやっていい訳じゃない。

 流石にこの年になればその位の常識は理解できる。


 だから手札は二つ。

 強化魔術による格闘と結界。


「……」


 そしてブルーノ先生はお前から来いと誘うように指を動かす。

 よし、なら遠慮なく……行かせてもらう。


 地面を勢いよく蹴ってブルーノ先生との距離を詰める。

 今は目立とうだとか、複雑な事は考える必要は無い。

 シンプルに、その時やれると思った事をやっていけば良い。


 だからまずは……このまま一気に拳を撃ち抜く。


「……ッ!」


 だがブルーノ先生は素早い体さばきで間合いを取り俺の拳を受け流すように弾く。

 無茶苦茶涼しい顔で。

 ……まあそりゃそうだ。

 基本的な出力の高さをこの人は知っている。

 それでもこの場を設けたんだ。


 当然のように無茶苦茶強い!


 でも、まだ一発防がれただけだ。


 今の体制で撃てる次の一撃を。

 勢いを乗せた裏拳を。


「マジか……ッ!」


 だがそれも体勢を低くしてギリギリの所で回避される。

 いや、ギリギリ躱したとかじゃない。

 明らかに余裕を持ってだ。


 そしてその低い体勢のまま今度はブルーノ先生が動いた。


 目にもとまらぬ機敏な動きで放たれる足払い。


「……ッ」


 そして体勢を大きく崩した所に追撃するように拳が飛んでくる。

 地面に手足は付いてない。

 結界で防ぐか? それから一旦距離を取って……いや。

 ……躱せる。


 結界魔術を発動。

 手元に固定式の結界を作り出し、それに手を付き腕力で軽く跳び上がる。


「お、マジかッ!」


 そこで終わりじゃねえ。

 距離を取らなかった理由。

 ……それはそのまま攻撃の隙を突く為。


 追撃する為だ。


「っらああああああああああああああああッ!」


 空中で体を捻り、そのまま蹴りを放つ。

 当たる!


 そう思って放った蹴りは空を切る。

 瞬時に最低限な動きで攻撃を躱される。

 そして流れるように放たれる、明らかに魔術を纏った右ストレート。


 今度こそ回避は間に合わない。

 一旦結界で防いでそれから……いや。


 ブルーノ先生の一撃は、結界で受け止めきれるのか?


 浮かび上がってくる、そんな危機感。

 それに従い結界とは別に、腕を拳の軌道に合わせて動かし防御姿勢を取る。


 結果、半ば反射的に取ったその行動は正しかった。


 次の瞬間、轟音が鳴り響く。

 結界は……貫かれなかった。


 大きなヒビが入っただけ。


 だけど拳の威力がそのまま乗っているように、結界を貫通して衝撃波のようなものが俺に襲い掛かり、激痛と共に弾き飛ばされる。


 地面を二回程バウンドして、それでもそこで体勢を立て直した。

 先の結界の時の様に地面に手を触れ、腕力で跳び上がって正面を向く。


「……ッ!」


 そこには既に追撃の為に距離を詰めてくるブルーノ先生が居た。

 仮に魔術弾を打ったとしても、多分あの人はそれを軽く躱す。

 打つ前からそれが分かるような、神懸った動きをあの人はしている。

 してきた。


 俺みたいな素人でもよく分かる……この人は。

 この人は相当な修羅場を何度も潜り抜けている。

 それこそ何で教師なんかやっているんだと疑問に思う程。


 本当にこの人は……一体何なんだ。


 でも、まあそれはいい。

 今は考えなくたって良いんだ。


 まだ勝負は着いていない。

 目の前の勝負の事を考えろ。


 うまく攻撃を回避して一度距離を取るみたいな事をしても多分無駄。

 あの人はすぐに距離を詰めて来るし、なにより俺はもう長期戦ができない。


 さっきの衝撃波の後、どこかのタイミングで左足首をやった。

 多分まともに動けない。


 そして攻撃を防いだとしても、そこから先に同上の理由で繋げられないだろうから結界も却下。

 そもそも防げなかったから今こうなっている。


 だとすれば迎え撃つ。

 まっすぐに、今やれる事を全力でやる。

 長期戦ができない以上、選択肢はそれしかない。


 次で決着が付く。


 体を捻りながら後方に結界を出現させ、足場にする。

 そこに右足で着地して……勢いよく踏み抜く。


 そして正面から突っ込んで迎え撃つ。

 全力の右ストレートで。


 そして次の瞬間、拳を構えるブルーノ先生が笑みを浮かべた気がした。


 まともに覚えているのはそこまで。


 次の瞬間、ブルーノ先生の拳が鳩尾に叩き込まれ……意識が消し飛んだ。

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