ex 今やれる事を

「名前ぐらいは聞いた事あるだろ?」


「はい」


 名前ぐらいは魔術学園に通う生徒なら皆知ってる。

 端的に言えば、その年で一番強い学生魔術師を決めるイベント。

 全国の魔術学園から代表として選ばれた生徒がしのぎを削り、頂点を目指す。


(……そうだ)


 確かにこれならいけるかもしれない。

 もしそこで結果が出せれば。

 例えば少し気の遠くなる話かもしれないけれど……それこそ本戦で優勝でもできたりすれば。

 それは大きすぎる実績になる筈だ。


(いや、でもちょっと待ってくれ。確か……)


 嫌な予感がした。


「でもたしか個人戦の予選って……もう終わってませんでしたっけ?」


 言いながら記憶が鮮明になってくる。

 間違いなく終わっている。

 つい先日までそれを学園内で行ってきた。

 自分達には縁がない話ではあったけれど、食堂などで噂は聞こえてきた。

 今年も順当に代表は全員三年生。

 ただ一人だけ惜しい二年生が居たとか。

 そういう話が聞こえてきた。


 ……とにかく、もう終わっている。

 そうなってしまえば参加しようがない。

 きっとブルーノ先生は赴任してきたばかりで、その事を知らないのだ。

 そうアイリスは考えたが、それでも特に取り乱す事無くブルーノ先生は言う。


「個人戦はね。でもまだ団体戦がある。団体戦の校内予選は夏休み中だからな。まだエントリー期間。戦いはこれからだ」


「……良かった」


 暗闇に光が見えたような、そんな気がした。

 ひとまずこの問題は解決できる。

 その為の背中を押せる。


 まだ自分の作る術式には粗があるから。

 そういうのを早急に埋めて、よりよい術式を作り出す。

 ユーリが勝てるような術式を、自分が用意する。


「とはいえ厳しい戦いにはなると思うがな。団体戦は最大五人のチームを作って行うチーム戦。こんな事をあまり言いたくはないが……この前の追試の感じ見る限り、その人数を確保すんのは難しいだろ」


「でも最大五人って事はそれ以下でも良いんですよね」


「ルール上はね。でも基本は五人で編成される。仮に五人以下のチームが構内予選を突破したとしても、本戦の前に敗者の中から足りない分が補充される。それだけ数は多ければ多い方が良い。だから一人でやるとなるとなると相当厳しい」


「二人です」


「二人? 誰か当てがいるのか?」


「ボクが出ます」


「……お前マジで言ってんの?」


 ブルーノ先生は少々驚くように言う。


「一応言っとくが、普通に危ないぞ。殺すのはルール違反だが、それでも普通に大怪我を負ったりはする。スタッフで回復術師が控えてるとはいえ、痛いし危ないしで……最低限、自分の身は自分で守れないと、あまりお勧めは出来ねえな」


「それでもボクが居ればユーリ君のやれる事が大きく広がります」


 ユーリは現状、術式を三つまでしかコピーできない。

 だけどもしその場に自分が居れば、必要に応じてその術式を入れ替える事だってできる。

 それが純粋に、ユーリの強さへと繋がる。


「度胸あんなお前……怖くねえの?」


「え、普通に怖いですよ。こんなのユーリ君の為じゃなかったら、絶対出ませんって」


「そうか……ほんと仲いいなお前ら」


 そう言ってブルーノ先生は笑った後、一拍空けてから言う。


「ま、とにかく今日中に調べる事は調べとく。そんで明日でも呼び出してこの話をする感じにしようか……って訳だから、この話は一旦他言無用な。ユーリにはちゃんと順を追って説明はするから」


「分かりました」


 まあ自分もこうして聞いた話しか情報がない訳で。

 そんな生半可な知識でユーリに話を持ち掛けるよりは、改めて場を用意して貰ってブルーノ先生に説明して貰った方が良いだろう。


「ほんと、色々ありがとうございます」


「気にすんな。教師なんて利用するだけ利用すりゃいいんだよ……じゃあまあそんな訳で」


 話は一旦終わりとばかりにブルーノ先生は一歩前に出る。


「少なくともこっちの問題は解決できる策がある。だから……まあ、もう一つの方はうまくできたらうまくやってくれ。俺もやれる事があったらやるけど」


 もう一つの方。

 ユーリのメンタルの方の問題。


「結局俺は出会ったばかりのほぼ他人だからな。俺よりお前の方がずっと、アイツの事が見える筈だからよ」


「……分かりました」


 元より言われなくても、なんとかうまくやっていくつもりだ。

 ……結局そっちの話はほぼ進展なしで、何をどうすれば良いのかなんて分からず仕舞いだけど。


 ……それでも、うまくやって行こうと思う。


「じゃ、そういう事で。お疲れさん」


 そう言ってブルーノ先生はどこかへ消えていく。


「……とりあえずボクも帰ろうかな」


 そう言ってアイリスも動き出す。

 結局自分はこれからどうするべきなのか。


 それが分からない内は、無理に踏み込んでいかない方が良いと思う。


 だからひとまずは……ユーリにリラックスしてもらうのが一番良さそうだ。


(何か美味しい物でも食べて、それから……そうだね。ユーリ君はすぐ色々と考えそうだから、今日は極力魔術の話はしないっていう感じにしておこうか)


 そんな事を考えながら、アイリスは前から気になっていた良いとこのケーキ屋でチョコレートケーキを買って帰る事にした。


 丁度自分も疲れていて、甘い物が食べたかったから、ひとまず今日の行動はこれでいいと思う。

 それ以上の最適解は、今の所分からない。



     ◇



 そしてこの日はその後、夕食を追えるまではユーリと共に過ごした。

 ユーリは平気そうに振る舞っていたけれど、やはり結構な危うさは感じられて、事が事だからどういう言葉を掛けるべきかも分からないから、ひとまず魔術の事に触れないという選択は、その場しのぎかもしれないけれど間違っていなかったと思う。


 だからこの日ユーリにしてやれた事は、果たして効果が有ったかどうかは分からないけれど、リラックスできそうな空気を作ってあげる事と。


 そして……いずれ必要になってくるその時に間に合うように。

 やんわりと始めた強化魔術の改良だけでなく、他の魔術も精度を上げるべく夜に一人で思考を回した。


 精々それ位だ。

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