6 託す力
競技場内の事務室に居るハゲの元で、事務的に今日取り行う追試内容の確認が行われた。
やる事はただ一つ。
制限時間内に、ハゲの魔術により作り出された試験用のゴーレムの破壊。
使用魔術の制限などはなく、ただゴーレムを破壊し行動を停止させれば良いというだけのシンプルな試験内容。
それ故に実力がダイレクトに結果に反映される。
それ故に俺達の前に、抜け道の無い大きな壁となって立ち塞がる。
「まさかとは思うが質問は無いだろうな。いくら無能なお前らでもこんな簡単な試験内容位は理解できるだろう」
「「……はい」」
ハゲの言葉に苛立ちを募らせながらも俺達は頷く。
「よろしい。なら早い所始めよう。本来私の時間に前達に割けるリソースなど無いのだ。一分一秒の価値がお前らとは違うのだよ」
そう言ってハゲはアイリスの方に視線を向ける。
「にもかかわらずお前は何度も何度も何度も何度も。意味の分からない落書きを何度も見せに来てくれたな。あれほど無駄な時間はない。今後はそれが無くなると思うとせいせいするよ」
「……落書きなんかじゃ」
ボソりと、溜め込んでいた水が溢れ出るように、アイリスの口からそんな言葉が零れ出る。
ずっと溜め込んできたような、そんな言葉。
それに対してハゲは言う。
「文句があるなら証明してみればいい。それが出来れば私もお前を認めよう」
やれるもんならやってみろ。
そう挑発するように。
「さ、アイリス・エルマータ。まずはお前からだ。着いて来なさい」
そして先導するようにハゲが競技場に向けて歩き出す。
「……じゃあ、行ってくるよ。やれるだけの事はやってくる」
「ああ……頑張れ」
「……うん」
そしてきっと無理して作ったであろう笑みを浮かべて、アイリスは戦いに赴いた。
◇
そして制限時間である五分間。
それが尽きれば退学が決まってしまうという、できる事なら尽きないで欲しいと願う五分という時間。
まさかそれを、早く終わってくれ。
終わらせてやってくれと思う事になるとは思わなかった。
追試が行われている競技場の二階に位置する観覧席からは、そこで行われている光景が良く見える。
だから、観覧席に上がってきた俺の視界には、持ちうる全ての技能を駆使してやれるだけの事を全力で頑張っているアイリスの姿が良く見える。
アイリスの醜態を見に来たクラスメイトには、きっと見たかったであろうアイリスの醜態が良く見えているだろう。
煽る。
罵る。
嘲笑う。
おおよそ必死に頑張っている人間に掛けてはいけないような言葉が。
向けてはいけないような視線が。
雨やあられの様にアイリスに降り注ぐ。
こんなのは公開処刑と変わらない。
「……ッ」
本当は大声で応援してやろうと思ったんだ。
だけどあまりに観てられなくて。
あれだけ諦めるななんて事を言っておきながら……これ以上アイリスの心に傷が付く前に、ただただ早く終わってくれと。
永遠の様な時間の中で、ただそう願ってしまった。
……そして、五分が経過した。
タイムリミットだ。
「……ッ!」
俺はそれを確認した瞬間にすぐさま走り出した。
俺の番までの空き時間。
その時間にほぼ間違いなく、アイリスの醜態を見に来たこのクズ達はアイリスと接触しようとするだろう。
その前に……その前に、アイリスと会う。
会ってどうすれば良いのか。
どんな表情で、どんな言葉を掛けてやれば良いのか。
そんな事は分からないけど……とにかく。
とにかくアイリスに会わなければならないと思ったんだ。
◇
そして競技場内の廊下でアイリスと鉢合わせた。
「アイリス……」
その時俺が一体どういう表情を浮かべていたのかは分からない。
結局どういう言葉を掛ければいいのかも分からないのだから、自分の事なのに何も分からないんだ。
そしてアイリスはというと……酷く憔悴した表情を浮かべている。
当然だ……例え覚悟はしていても、そう簡単に平常心で受け止められる結果じゃない筈だから。
「……酷い顔をしてるよ、ユーリ君。次はキミの番なんだ。もっと元気出していこう」
「……出ねえよそんなの。出るわけねえだろ」
それでも言わなければならない事はある。
一体どんな言葉を掛ければ良いのか、具体的な事は分からなくても、慰めるような。
そんな言葉の一つや二つは掛けなければならない事は分かっているんだ。
だけど……何も、適した言葉は浮かんでこない。
それだけ、まだ何もしていない筈の俺の心が参っていた。
アイリスの事を考えると酷く気持ちが重くなる。
重くなって重くて、当事者ではないのに辛くなって。
そしてそこにこれからの自分の事まで圧し掛かってきて。
結局一杯一杯になって、何も言ってやれない。
ああ、そうだ。もう頭がおかしくなりそうなくらい一杯一杯だった。
それこそ俺はそんな自分をどうにかしてほしくて。
こんな状態のアイリスに何かを言って欲しくて此処に来たんじゃないかと考えてしまう程に。
そして俺が何も言えないでいると……アイリスが俺の、気が付けば震えていた右手を、両手で包むように握ってくれた。
「……アイリス?」
「大丈夫」
そう言うアイリスの手が淡く発光する。
何かの魔術を使っている。
0に近い程の僅かな魔力を使って。
そしてそんな魔術を使われている中で……少し気持ちが楽になった気がした。
「アイリス……これは?」
「そうだね……ひとまず元気が出る魔術とでも名付けておこうか」
「名付けるって……」
「昨日、徹夜で作った」
「……え?」
昨日、徹夜で。
じゃあその目の下の隈は。
「お前……追試の対策してたんじゃないのか?」
「言っただろう。ボクはもう駄目だって。勿論今日は全力でやったけど……今のやり方で到達できる限界値が此処だってのは、嫌な位分かってしまうんだ」
だから、とアイリスは言う。
「せめてこの先にだって行ける筈のキミの背中を押したかった」
「だから……作ったって言うのか?」
自分が大変だって時に……俺なんかの為に。
「ああ。ボクでも使える程度の小さな力だから、内申点稼ぎにもならないけど……唯一無二。ボクが作った魔術だよ。少しは元気が出たかい?」
「出たよ……出たけど……ッ なんで俺なんかの為に……その時間があればもしかしたら……」
言いかけた俺の言葉を止めるように、アイリスは首を横に振る。
「半分は自分の為なんだ」
「自分の……為?」
意味深な発言に思わず問い返すと、アイリスは言う。
「キミがいつもボクを応援してくれたように、ボクもキミを応援したい。背中を押し続けたい。だけど……それが無理なのは、分かったからさ」
アイリスは笑みを浮かべて言う。
「貰ってくれ、ボクの作った魔術を。劣化してしまえば効果の無いおまじないみたいになってしまうかもしれないけど……それでも。ボクに背中を押されてるんだって、使うたびに思って欲しい。ボクの事を忘れないで欲しい。そんな我儘を一晩掛けて必死に形にしたんだ。だから……半分どころかもっともっと、自分の為なんだ」
「そんな事しなくたって……忘れる訳ねえだろ……ッ」
「分かってる。キミがそんな薄情な奴じゃない事は……それでも」
「アイリス……」
「さあ、頼むよ。キミのスキルでコピーしてくれ。この魔術はボクが使える魔術だからコピーできる筈だ」
色々と、複雑な感情が湧き上がってくるけれど、確信を持って言える事がある。
その申し出を断る理由はどこにもない。
とても嬉しい申し出だった。
なんでとは言ったけど、自分の為にそんな時間を使ってくれた事が嬉しくて。
背中を押し続けてくれようとしてくれている事が嬉しくて。
忘れて欲しくないと言ってくれた事が嬉しくて。
そして必死になって俺の為に用意してくれた物を受け取らない理由なんてのは無くて。
「ありがとな……本当に」
「どういたしましてだよ」
そう言って優し気な笑みを浮かべて元気が出る魔術を使ってくれているアイリスに……俺のスキルを発現させる。
次の瞬間、自分以外の誰かの知識に触れるような、独特な感覚が有った。
こうなれば俺には他人の使える魔術を感覚的に理解する事ができるようになる。
そこから選ぶんだ。
劣化コピーして自分の物にする魔術を。
そして見付けた。
アイリスが徹夜してまで必死に作ってくれた、元気が出る魔術。
……そして。
「……これは」
十数種類程の極端に高い力を感じる……それこそ劣化コピーしてでも間違いなく強大な力として展開される術式が。
アイリスが使えない筈の、きっとアイリスがこれまで作り出してきたであろうう、新しい魔術が。
俺の手の届く所に存在していた。
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