7 そして彼は盗み取る
「ユーリ……君?」
思わず硬直してしまった俺を現実に呼び覚ますように、アイリスが名前を呼んでくる。
「……どうしたんだい? 何か不都合が……」
当然と言えば当然だが、アイリスには俺が感じた感覚は伝わっていない。
アイリス自身の事なのに……アイリス自身がこの想定外の事態を認識していない。
「アイリス……一つ質問して良いか?」
そんなアイリスに俺は問いかける。
「お前……本当に自分で考えた魔術を使えないんだよな?」
「そんなの改めて聞かなくても……うん、ボクには使えないよ。あの術にはボクじゃどうにもできない程度には膨大な魔力が必要になるからね」
諦めと達観の中で、それでも悔しさを滲ませるようにアイリスは言う。
「術式を発動させる魔力どころか、術式を構築する為の魔力すら用意できない。だからボクには……」
と、そこまで言った所で、何かに気付いたようにアイリスはハッとした表情を浮かべて俺の目を見る。
「何で今こんな話を始めたという事は……まさか……ッ!」
「そのまさかだ。手を伸ばせば届く位置に、明らかにヤバい術式があるのが分かった」
「でもボクには使えな……なんで……」
「……」
少し考えた。
だがそれで確証が持てる答えが出た訳ではない。
それでも今、使えないという認識から実は使えるんじゃないかという認識に一瞬でも切り替わった事で、パズルのピースが埋まったように。
「……そうか」
酷く都合の良い解釈の仮説が浮かび上がってきた。
都合の良い解釈かもしれないけれど……それでも確信が持てる位精巧に思える仮説が。
「なあユーリ君。一体何がどうなって……」
「……ほんと、変な先入観にとらわれて試さなかったのが馬鹿だった。考えてみりゃお前に使えない筈がねえんだよ」
「……え?」
理解できないという表情を浮かべるアイリスに俺は言う。
「確かに術式と魔力があって初めて魔術は使える。そういう意味じゃ確かにアイリスには使えない力なのかもしれない」
だけど……だけどだ。
「だけど例えば魔術の使い過ぎで魔力が一時的にカラになった魔術師にとって、空になるまで使っていた魔術は使えない魔術なのか? 魔力っていう動力が無くなったら、それまで詰め込んできた知識や反復練習で掴んだ感覚まで消えてなくなるのか? 無くなる訳がねえ。人の努力の結晶が……そう簡単に無くなってたまるか」
だから。
その公式に綻びが無いのだとすれば。
1から10まで自分で考えた魔術の全てを理解しているのであれば。
例え一度も形にした事が無かったとしても、その力を全く使えないなんて事はきっと無いだろう。
ましてやそれを扱うのが、アイリス・エルマータという魔術の天才ならば。
「例え魔力っていう動力が無くなったって、お前が積み上げてきた知識や技量は……努力は無くなったりしない。無駄になったりしてない。ちゃんとお前の中で形になってたんだ」
俺がそう言うと、アイリスは自分の手に視線を落として言う。
「ボクの中で形に……本当に、そういう事なんだろうか」
……もっとも此処まで話した事は全部仮説だ。
全部全部的外れかもしれない。
何も正しい事なんて無いのかもしれない。
それでも……結果だけは変わらないからさ。
「俺のスキルは人が頑張ってできるようになった事をパクる力だからさ。俺にそれが掴めるって事はきっとそういう事なんだよ」
俺がアイリスの魔術をコピーできる。
アイリスの積み上げてきた物が正しかったんだと身をもって知る事ができる。
アイリスに形にして見せる事ができる。
そういう結果が変わらないんだったら、解釈位は好きにさせて貰っても良いだろう。
……と、気が付くとアイリスの瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。
「……何泣いてんだよ」
「段々とさ、本当は自分が妄言を吐き続けているだけなんじゃないかって。何か難しい事を分かっているような気がしていただけなんじゃないかって思うようになってて。自信……無くなってたんだ」
「……アイリス」
「いいだろ、少し涙ぐむ位いいだろ。久しぶりに自分の事を肯定できそうなんだ」
「……なら、仕方ねえな」
分かるよ。
自分でその成果を目にする事も出来ない。
そんな状況で罵られ続けたら……俺なら自信を失う。
自分がやっている事が信じられなくなって、どこかで動けなくなる。
そしてそんな自分を肯定できるような事があったなら。
自分で自分を少しでも認める事ができたなら……きっと泣く程嬉しいと思う。
では後足りない事はなんだ。
自分で自分を認められた。
自分で自分を肯定できた。
後は他人だ。
「それを他の連中にも証明してくる」
活路は開いた。
そうして俺はアイリスが使える魔術の中から、此処から先の壁を壊せるであろう力を。
努力の結晶を盗み取る。
例え俺の中でどうしようもない程に劣化しても、それでも高い力を誇るその魔術を持てるだけ。
「折角徹夜で魔術作って貰ったのに悪いな。今度また俺が弱ってたら、お前が直接背中を押してくれ」
「……ああ。力の限りボク自身が押してやる」
だから、とアイリスは笑みを浮かべて言う。
「後は頼んだよ、ユーリ君」
「ああ。二人で勝つぞ」
そうして俺達は一旦別れた。
これからは俺の番で。
アイリスはそんな俺を見ていてくれる。
これから少しの間、お前はあのクズ共にろくでもない事を言われまくるだろうけど、これで最後だ。
二人でお前を馬鹿にした奴らの鼻を圧し折ってやろう。
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