ex 急転

 ユーリを治療する為にブルーノ先生がこの場を去った後。


『まだエントリーなんていくらでも取り消しできる。もう一度よく考えてみると良い』


 そんな言葉を脳内で何度か復唱していた。


(分かってはいたけど……流石にビビるね)


 先程のような戦いが頻繁に起こる。

 それは脅しではなく事実なのだろう。


 校内予選をやっている間はともかく、この先本戦へと駒を進めれば間違いなくそうなる。

 そこに自分も一緒に立つ事になる訳だ。

 改めてやろうとしている事がどういう事かは突き付けられる。


 ……それでも。


(まあ……ボクがやるべき事は変わらないかな)


 寧ろ。

 そういう危険な場だからこそ。

 こういう生々しい戦いを見せられたからこそ。


(ユーリ君に極力怪我を負わせずに、勝たせないといけない)


 より一層自分が引く訳には行かなくなった。

 自分が出る事によってユーリが勝つ確率が1パーセントでも上がるなら。

 少しでも軽傷で事を終えられる可能性が1パーセントでも上がるなら。

 ……自分が頑張る理由はいくらでもある。


 だから、答えは出た。

 故にこの事はもう比較的どうでも良い話。

 今は。


「……あんまり酷い怪我を負ってないといいな、ユーリ君」


 いくら治療するとはいえ、想像以上に激しく殴り飛ばされたユーリがあまり深手を負っていない事を祈るの方に意識を割きたい。

 どうせ治るといっても、痛いだろうし。


 と、そんな事を考えていた時だった。


 何かが自分の隣を横切ったのは。


「……え? 何?」


 それが飛んできた方向に思わず振り向く。

 するとそこにはいつの間にか、怪しい人影が三人程居た。

 ……本当に怪しさの塊しかない、白装束の三人組が。


(か、完全に不審者じゃないか……ッ)


 思わず強化魔術を使って身構える。

 追試用のゴーレムに傷も付けられない程度の強化魔術を。

 そして……白装束の一人の手には、刃渡りの大きなナイフが持たれている。


(まさかさっきアレをこっちに投げたのか……ッ!?)


 だとすれば、一歩間違えば死んでいた。


(……いや、違う)


 多分そうじゃない。

 間違えたら死ぬのではなく、間違えたから生きている。


(え……なに……これ)


 他の二人の手にもいつのまにかナイフが握られていて。

 ……そこからは、明確な殺意が感じられる。


「……ッ!」


 殺意が、感じられる。


(え、ちょっと待って……やだ……え……?)


 今まで色々と辛い事はあった。

 それでも超えられなかった一線。

 感じた事の無かった感覚。


 手足が震える。

 恐怖で……体が動かない。


 そしてジリジリと距離を詰めながら白装束の内の一人が言う。


「別にお前は何もしていない……それでも……世界の為だ。悪く思うな」


 荒い息で……意味深な事を。


「え、何……世界……え?」


 ……そして。


「悪く思うなあああああああああああッ!」


 そう叫んで、ナイフを構えて動き出す。


 意味が分からない。

 意味が分からない。

 何一つとして理解できない。


 それでも……そのナイフで自分が貫かれるのは容易に想像できてしまって。


 ……思わず目を瞑った。


(ユーリ君……ッ!)


 次の瞬間だった。

 目の前で激しい衝撃音が鳴り響いたのは。


(……生きてる)


 そして自分もまだ死んでいない。

 何も痛い事も無い。


 それを実感しながら、その音の正体を探る為にゆっくりと瞳を開く。


「……ッ」


 先程まで白装束の三人組が居た地面が、大きく抉れていた。

 その三人組はというと、地面を抉った何かを回避したように、自分から大きく距離を取っている。


 そして自分の隣に新たな人影が上空から着地した。


「……間に合った」


「先生!」


 ユーリを抱えたブルーノ先生が戻ってきた。


「先生、一体何が起きて……」


「説明してる余裕はねえ。ああ、とりあえずユーリはお前に任せとく。大丈夫、気ぃ失ってるだけだ」


 そう言ってブルーノ先生は抱えていたユーリをアイリスの足元に置く。

 意識を失ったままのユーリをだ。

 そして掌に拳を打ち付けた。


「下手に動くな。ひとまずコイツらは俺が倒す」


 そして何が起きているのか全く理解が及ばないまま……アイリスの目の前で戦いが始まる。

 今度は先程までの模擬戦とは違う。

 殺し合いのような戦いが。

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