15 リラックス

 昔から、こういう事絡みじゃ辛い事しかなかったからな。

 自分なりの取り繕い方は分かっているし……まあ、アイリスが戻ってくるまでにはそれも終わった。

 これである程度元気なユーリ・レイザークの出来上がりだ。

 ……うん、大丈夫。

 これで多分アイリスには心配を掛けない。


 そして準備万端で、気を取り直して復習をしながらアイリスを待つ。

 やがてそれを一時間程続けた頃だろうか。


 玄関先の呼び鈴が鳴った。

 ……多分アイリスだろう。

 俺の部屋訪ねてくる奴なんてアイリスか運送便か位だし。

 ……言っててなんか寂しくなるけども。


「ユーリ君。いるかい?」


 やっぱりアイリスだ。

 大正解。


「ちょっと待ってくれ今空ける」


 言いながら玄関のカギを開けて扉を開くと、ややお疲れ気味のアイリスが居る。


「おう、お疲れアイリス」


「うん、疲れた」


 そう言って苦笑いを浮かべるアイリスの手には何か紙製の取っ手付きの箱がぶら下がっていた。


「何それ」


「ちょっといいとこのケーキ。なんか甘い物が食べたくなってね。コーヒー淹れるから一緒に食べよう」


「……この時間にそんなもん食ったら晩飯食えなくならねえ?」


「キミボクの事を子供か何かと勘違いしてないかい?」


「冗談だよ」


 アイリスは意外にも結構食うんだよな。

 まあ一緒に飯食ってて小食よりも、一杯食べる子の方楽しいので良いと思います。

 それでいて……なんというか、こんな話口には出せないけど太ったりしてねえのすげえよな。食った分どこ行くんだ?

 ……胸元の方……だとすると、なんか納得なんだけど。


「それで、食べるだろう?」


「食べる食べる。丁度甘い物食べたかったんだ」


 勉強してて脳が糖分を求めてる感じだったからな。


「あ、ケーキ代いくらだった?」


「お金は良いよ。今日はボクが持つ」


「え、悪いじゃん」


「良い。今日は色々と手伝って貰ったからね。そのお礼……にしては全然足りないかもしれないけど、ちょっとした気持ちだと思ってくれれば」


「……じゃあお言葉に甘えて」


 これでもまだ割り勘しようみたいな事言い出すのは違うと思うし、素直に頂いておく事にする。

 変わりに今度は俺がなんか買って来ようかな。それっぽいタイミング見計らって。


 で、今日みたいな事になった時は八割方会場はアイリスの部屋だ。

 ……それだけ通っても相変わらず慣れないんだけども、いつものようにアイリスの部屋に移動する。


「ブラックで良かったよね」


「おう、じゃあブラックで」


 そんなお決まりの会話も交えて、そして今日もまた視界に映る。

 紙に書かれた書きかけの文字の羅列。

 多分、新しい魔術の公式。

 相変わらず何書いてあんのか全然分かんねえ。

 でも、きっとまたとんでもなく高度な術式なんだろうな。


 ……本当に爆速で先へ進んでいってる。

 すげえや。

 俺とは違って。


 ……いかんいかん、平常心。

 ここでそういうのはマズイ。

 落ち着け落ち着け表に出すな。

 ……よし。


 と、そうこうしている内にアイリスがコーヒーを淹れてくる。


「お待たせ……って、毎度の事ながら凄い散らかってるね。すぐ片付けるよ」


 言いながらアイリスはささっとテーブルの上に散乱した紙や筆記用具を片付けて近くの棚へ。

 そんなアイリスに尋ねる。


「今の紙に書かれてた奴、また新しい術式か?」


「うーん、厳密には違うね。あれは今ユーリ君がコピーしてる強化魔術の改良版」


「改良版?」


「実際使ってる所を見て初めて見えてくる粗とかもある訳でさ。そういう所の修正と、後は多少燃費良くなると良いかなって」


「すっげえ……人が使ってるのを端から見て問題点見付けられんのかよ」


 ……俺はただただすげえ魔術としか思わなかったぞ。


「ま、まあ自分考案の術式だからね。ハハハ……」


 だとしても、というか多分それは関係ないだろ。

 自分が作ろうが他人が作ろうが、無茶苦茶すげえ事だよ。

 それこそ結界とかと違って強化魔術なんて使ってる奴の体の中で完結してんだからさ……何をどう見たら粗なんか見つかるんだよ訳わかんねえ。

 流石アイリスだ……マジで天才だよ。


「で、ボクの書きかけの公式よりも……とりあえず今の主役はこれだよ。こちらが良いとこのケーキになります」


 そう言って箱からなんか良い感じのチョコレートケーキが出てくる。


「これは……なんというか、凄い良いとこの奴って感じだ。あんまり詳しくねえ俺にも良く分かる」


 知らんけど!


 とまあそんな訳で、アイリスが買ってきたケーキをコーヒーと一緒に頂く。

 ……マジでいいとこの奴なんだろうな。

 すげえうまいもん。

 普通に値段張ったり並ばないといけない店だったとしても、買いに行きてえって思う位。

 なんというか、自分へのご褒美としても最適だし、誰かへの贈り物って考えても最高だよな、うん。


「……」


 ……で、まあ俺達は知り合ってから数か月程度しか経っていないけど、結構な時間を共有してきて。

 だからだろうか……まあ、分かるよ。

 途中から、流石に察した。


 俺が無茶苦茶落ち込んでいる事に、お前が気付いている事位。

 実際今日のお礼に買ってきたってのもあるのかもしれないけれど……多分、そういう事も考えていてくれたんだろう。


 ……ほんと、ありがたい。


 そしてその日は俺が晩御飯のカレーをご馳走になって帰るまで、魔術絡みの話は一切しなかった。

 最初に俺が聞いた事に答えてくれた以外は……それこそ今日の事も。

 何も触れずに、ただ適当な雑談をして。

 何でもないような時間を過ごして。

 それで終わり。


 あえて今は何も触れないでいてくれたんだ。

 そういう気を使わせる位には、心配を掛けている。


 ……助かったよ。

 一時的かもしれないけれど、心は楽になる訳だからさ。


 うん、やっぱ……アイリスに支えて貰ってこの学園生活を此処まで乗り切って来たんだなって。

 改めてそう思うよ。

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