ex やりたい事とやれる事
今回の追試の主役とも言える二人が合流したほぼ同時刻。
「良かったっすね大将。弟君無事追試突破出来て」
「これ程外れて嬉しい思惑ってのも無いでしょ」
「……まあな」
競技場を後にしながら取り巻きの男女の言葉に複雑な表情でそう返す大将と呼ばれた少年。
ユーリの兄、ロイド・レイザークの思惑は、予想だにしなかったイレギュラーによって外れる事となった。
ユーリが学園を辞めた後の根回しは全部無駄になった。
無駄になってくれたと言うべきなのかもしれない。
「アイツはずっと頑張っていたから。もし真っ当に報われる道があるなら、その道進んで貰った方が良いに決まっているだろ」
本人の前ではもう口が裂けても言えなくなってしまったけれど、そういう考えはずっと昔から変わらない。
頑張った人間は大なり小なり報われるべきだ。
そしてユーリは報われなければおかしい程の努力を積み重ねていた。
もし自分の読み通り、ユーリの劣化コピースキルが努力を積み重ねた結果なのだとすれば、ようやく。ほんとうにようやく報われてくれたようなもので、それを嬉しく思わない筈が無い。
……だとしても。
「まあ、それでも……俺がやって来た事が間違いだったとは思わない」
その考えが覆る事は無い。
今までユーリの心を折る為に散々暴言や嫌がらせを続けてきた事は。
自己嫌悪で吐きそうになりながらも続けてきた行動は、きっと間違いなんかじゃない。
「今回ユーリがあれだけの力を手に出来たのは、ユーリと仲良くしてくれてるあの女子が居たからだ。名前なんて言ったっけ」
「確かアイリスって呼ばれて無かった?」
「そうだアイリスだ。で、ユーリが力を手に出来たのはあの子の頭ん中に人知を超えてんじゃないかって位強力な術式が存在したからだ。もっと言えば昨日ユーリに刻まれたスキルが、それを引き出す事ができる類いの力になったという事も大きいだろ」
あのアイリスという一年も一連の流れを聞く限り、その力を否定され続けてきたのだろう。
何故彼女が自分でその力を使わなかったのか。今日の様な形以外で分かりやすい証明ができなかったのかは分からないが、とにかく一人ではそれを証明できずにいた。
そしてユーリには魔術の才能が、目を背けたくなってしまう程に無い。
皆無だ。
本当は頑張ったなって声を掛けてやりたかった位には頑張り続けても、ようやく補欠合格に引っ掛かる位の成績しか残せない。
この学園では。
そしてこの先の魔術を専門とする職業を行う中では、何もできないに等しい力しか持ち合わせていない。
そんな一人では何もできない程度のポテンシャルが今日、偶然歯車が噛み合うように覚醒へと至らせた。
……そう、偶然だ。
「片側の条件を満たすだけでも奇跡みたいな確率だ。その二人が偶然同じ時代に生まれて同じ学園に入学して仲良くなる。人間がこの世界に何億人いると思ってんだ。天文学的な確率だよ」
あまりにも。
あまりにも薄い。
「そんな天文学的確率にベットしねえと成功しないようなもんにアイツは人生掛けようとしてたんだ。それは誰かが何処かで止めてやらないといけない事だ。諭して駄目なら心を折ってでも……少しでも早くアイツに合った生き方に軌道修正してやらないと駄目だって思うだろ」
それはもしかすると自分勝手で傲慢な考えなのかもしれない。
だけどだとしても、その自己中心的な傲慢は貫かなければならないと思った。
「アイツは魔術以外は大体何でもできるし、できるようになる為の努力だってできる奴だ。すげえ奴なんだよ。まず間違いなくアイツが輝ける場所は此処じゃなかったし、否定も拒絶もされず肯定的にアイツを求めてくれる場所なんて山のようにある。そういう道にアイツを進ませたかった。お前らが聞いたら不快に思うかもしれねえけど、魔術師が他の人間より特別優れた存在って訳じゃねえんだからさ」
「それ聞いて不快になる連中は大将の派閥に居ないっすよ」
「そうそう。そういう連中と一緒にしないでよ」
「そりゃ悪かった。余計な心配だったな」
……とにかく。
「とにかく、結果的に奇跡的にうまく行っただけだ。俺は自分の判断が間違いだったとは思わない。間違いだったと思わないから後悔だってしてない。ああそうだ。後悔なんてしていないんだ」
だから、と釘を刺すように言う。
「だから変な気は使うな。お前らどうせ碌でもない事考えてんだろ」
「い、いやそりゃ考えるっすよ! あと碌でもない事じゃねーっす!」
取り巻きの男子生徒が言う。
「だってほら、結局大将が嫌がらせをしてたのって、なんというか……やり方は賛否両論って感じっすけど、弟君の将来考えての事な訳じゃないっすか! だから、まあ……難しいかもしんねえっすけど、このままってのはあんまりっすよ!」
「そうよ! なんかこう……うまく仲直りとかできた方が……」
「それはマジで気持ちだけ受け取っとくよ」
そして一拍空けてからロイドは言う。
「俺がアイツの立場なら、関わって欲しくないって思うだろうからさ」
何をどうしても、自分がやって来た事を変えられる訳じゃない。
傷付けてきた事実が消える訳ではない。
そんな人間がこれ以上関わるべきではない。
「あーくそ、せめてあのハゲに文句言いに行けてたら良かったんすけどね。それを期にうまく仲直りとか……」
「まさか突然新任の先生が出て来るなんて……ロイド飛び出す気満々だったのに」
「あーもういいからお前ら。はいこの話終わり。折角の休日だ。楽しいことを考えよう」
ロイドは無理矢理話を変える。
「ミコ。まっちゃん。これから時間空いてるか?」
「え、空いてるけど」
「空いてなきゃ此処に来てねえっすよ。で、どうしたんすか?」
「これからバスケでもしに行かね? 他の連中も誘って」
遊びの誘いだ。
「私はいいけどまっちゃんは?」
「あー俺もいいっすね。丁度体動かしたかったし」
にしても、とまっちゃんことマイク・ウィルソンは言う。
「しかし大将ほんと好きっすねバスケ。割と普通に下手なのに」
「好きな気持ちとうまい下手は関係ねえだろ。夢見るのもそうだ。俺は昔から魔術で多くの人を助けるって夢と同じくらい、バスケで飯食ってくのも夢だった。下手だけどその位バスケが好きだよ俺は」
ただ、とロイドは言う。
「うまくやれないなら夢は夢で終わらせねえと。趣味の範囲で楽しんだり頑張ったりなんて事と、たった一度の人生を棒に振る事を混在しちゃいけねえってだけの話だ」
……結局、話を反らしたつもりが、脳裏にユーリの顔が浮かんでくる。
何度でも思う。
自分の考えは間違っていない。
きっと自分に立派な魔術師というもう一つの夢が無かったとしても、自分はきっとバスケットの夢を諦める。
それが諦めなければならない物だと何処かで理解して、辞めている筈だ。
ユーリが歩もうとしていたのは、魔術に関する夢が無かった場合の自分が、それでもバスケットにしがみ付いた場合の最悪な道。
成就はせず理解もされない。
ただただ人生を浪費していく。
そんな最悪な選択だ。
だけど奇跡は起きた。
ユーリ・レイザークは魔術師として覚醒した。
誰がなんと言おうとあれはユーリの力だ。
ユーリだけが凄かったわけでは無いが、ユーリだって凄かったのだ。
そして。
そんな事が起きたのならば、挑戦したって罰は当たらない筈だ。
もう長らくまともなコミュニケーションを取っていなくて、弟が一体何を目指してそこまで頑張っているのかも分からないけれど。
分かってやれていないけれど。
奇跡が起きてくれたなら。
もう、応援したっていい筈だ。
頑張れって思って良い筈だ。
どんなものかも分からない夢を、応援したっていい筈だ。
陰に隠れてにはなるけれど、それでも。
「「……」」
そしてミコとマイクは顔を合わせた後、ロイドに言う。
「よし! とにかく遊びに行くならさっさと行くっすよ! 貴重な休日なんすから!」
「小難しい事考えてないで、とにかくパーっとやりたい事やろう!」
「……そうだな」
そう、難しい事を色々と考えてきた。
今日までずっと、何年も。
そういう事を考え続けてきた気がする。
だけど自然と笑ってそう言えた。
「行くか!」
今日はとても気分が良い。
頑張っていた奴が報われた。
自分もずっとやりたかった事をやれるようになった。
(頑張れ、ユーリ)
まだ競技場内に居るであろう弟に向けて、心中でそう呟き。
長年弟に暴言や嫌がらせを繰り返してきた兄は、競技場から離れていった。
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