初めまして、覚えていますか?⑤
全身にとてつもない衝撃と悪寒が走った。吐き出しそうになるのを懸命に
こらえて、口いっぱいの紫カレーを飲み込む。
「んぐ、んぐんぐ……ぷはぁ!」
「……やっぱり、不味いもんは不味い」
水を飲んだのはむしろ逆効果だったようだ。余計なものが洗い流され、より洗練された不快感たっぷりの後味になってしまっている。水よりも牛乳の方がよかっただろうか。
「セラのやつ、こんなもの置いてきやがって」
紫カレーは本当に不味い。だがしかし、そのおかげで忘れていた記憶を思い出すことができた。
「昨日の今日で記憶操作されるとは……」
セラと
「にしても、どうしてセラがいないんだ?」
処分が通達されるとは、文書で処分が伝えられるということだ。それが届いたのは昨日の夜または今日の早朝のはずで、そうだったのなら朝食のときくらいはセラがまだ家にいてもおかしくはない。
「
今日学校でなじみが転んだときに感じた違和感。その正体はなじみがなじみではなかったことにある。本来のなじみならば廃墟に行ったとき膝を擦りむいているはず。なのに今日のなじみは膝に怪我一つしていなかった。ということはつまり、あれはゲンガーちゃんだったのだ。
「だったら二人は……」
考えるまでもなく輪廻転生管理局にいるのだろう。セラが携帯を使って色々な人やものを召喚していたように、管理局もセラと残火人を召喚したに違いない。そう考えれば朝の時点で二人が消えていたことに納得がいく。
「あいつら、もう帰ってこないのかな」
管理局は記憶を操作し、その上でゲンガーちゃんまで送ってきた。そこまでするということは、二人が帰ってこない可能性は極めて高いと言える。
「だけどそれがどうした」
可能性が高いからと言って、そう簡単にあきらめることはできない。こちらは幼馴染と家政婦を事前通知なしで連れ去られ、しかも記憶操作までされているのだ。二人を取り返しに行く理由には十分だろう。
「となると……」
二人を取り返すと言っても、そもそも管理局の場所が分からないため行きようがない。だったらいまやれることはただ一つ。一人当たりの紫カレーの消費量が増えてしまったとは言え、昨日のうちに番号交換をしておいて正解だった。
「待ってろよ! なじみ、セラ」
一段飛ばしで階段を駆け上がり、充電器からスマホを引き抜く。そして電話アプリを起動しセバスチャンと表示されている番号をタップした。画面には緑色の発信ボタンが現れる。
「頼む、セバスチャン!」
正直、セラと電話できたからと言ってこれ以上自分が何かできるわけでもない。だがそれでも、できることはやっておきたいのだ。もしセラが電話に出たのなら、さよならも言わずにいなくなった文句の一つでも言ってやろう。
「だから頼む、出てくれ!」
『――ピーンポーン』
願いを込めて発信ボタンを押したのと同じタイミングで、一階のインターフォンが鳴った。
「おいマジか」
何と間の悪いことだろう。こんなタイミングで家に来るとすれば、幼馴染か配送業者のどちらかしかいない。配送業者だったら待たせるわけにもいかないので、とりあえず電話を発信中にしたまま一階へ下りる。
「ったく、こんなときに」
荷物が届く予定もなじみが家に来る予定もなかったはずなのだが。もしかして海外にいる両親が何か送ってきたのだろうか。
『――ゲフゲフッ、ゲフゲフッ』
「……!」
インターフォンから聞いたことのある声がしてきた。いやこれは声と言うよりも着信音だ。急いでインターフォンに駆け寄り画面を確認する。
『ん? 何でしょうか、セバスチャンに電話が来るなんて珍しいですね』
画面に映るのは白いセーラー服を着た少女。
『とりあえず切ってください。また後でかけ直しましょう』
銀の瞳を持つ少女は地面に向かって話しかける。どうやらセバスチャンは少女の足元にいるらしい。
『あれ、出ませんね。まだ学校に行ってらっしゃるのでしょうか? 確か今日は短縮五時間授業だったはずなのですが……』
黒髪の少女は首をかしげる。
こうして画面を眺めている場合ではない。いまは早く外に出なければ。
震える手足を懸命に動かし、玄関へ走る。そして急いで扉を開いた。
「なんだ、いらっしゃったのですか」
目の前には二つ頭の犬を従えた美少女が立っている。整った顔立ちは日本人的であり、銀の瞳は外国人のよう。白いセーラー服を着て、黒髪は腰まで伸びていた。
「そ、そんなに見つめられるとなんだか照れちゃいますねぇ」
スケヒトに見つめられ、少女ははにかみながら体をくねらせる。
「惚れますよ! 惚れちゃいますよ!?」
「分かった、分かったから! ……とりあえず離れて」
「おっとこれは失礼しました。いつものノリでつい」
スケヒトから離れて少女はぺこりと頭を下げた。
「では、改めて自己紹介させていただきます」
ポケットから取り出した名刺をスケヒトに差し出しながら少女は言う。
「初めまして、セラと申します。今日から普通の家政婦として
普通の家政婦、か。セラは自分が忘れられていると思っているのだろう。
「とりあえず、どっちがいいですかね」
何も言わないスケヒトを置いて、セラはマシンガンのように話す。
このやり取り、初めて会ったときと同じだ。だったら、
「ご主人様かマスターか、だろ? 呼び方は普通にスケヒトでお願いしたい」
「なっ!」
言いたいことを先に言われたセラは驚く。
聞きたいことはたくさんある。言いたいこともたくさんある。だが、まずはこの言葉を言うべきだろう。
「おかえり、セラ」
家政婦さんが無事に帰ってきて、本当によかった。
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