初めまして、覚えていますか?②

「スケヒト、お前またそんなの読んでんのか」


 学校に到着しいつも通り朝読書をしていると、クラスメイトの羽田はねだが声をかけてきた。今日も鼻筋に絆創膏ばんそうこうが貼ってあり、体の周りには野生児のオーラが漂っている。


「おはよう、羽田」


「おう!」


 元気よく挨拶を返して、羽田はスケヒトの隣の席に鞄を置く。


「ん? 羽田お前、座るとこ間違ってないか?」


「はぁ?」


「俺の前の席じゃなかったっけ?」


 スケヒトは不思議そうな顔をして羽田にたずねる。

 羽田は前の席に座っていた気がするのだが、これもまた今朝のような気のせいなのだろうか。


「おいおい、寝ぼけてんのかよ。お前の隣はずっと俺だろうが」


「そうだっけ」


「何だったら座席表、持って来てやるよ」


 やれやれ朝から冗談きついぜーと言って、羽田は座席表を取りに行く。


「ほらよ」


「……ほんとだ」


 見ると確かに、羽田は隣の席であった。しかし何故だろう、違和感が残る。


「おいおいスケヒト、まさか中身入れ替わってるんじゃねーだろーなー」


「どういうことだよ」


「朝起きたらおでこにバカって書いてなかったか? それかノートに落書きされてたとか。そうだったんならお前の中身はいま、巫女さんやってる美少女のはずだ」


「んなわけあるか」


 映画の観すぎだ。


「ちぇっ、つまんねーの」


「それより、羽田でもあのアニメ映画観たんだな」


 羽田はドラマや映画をあまり観ないものだと思っていた。どちらかと言うと、外で元気に走り回っているイメージしかない。


「でもとは何だ、でもとは!」


「いや、映画とか観るイメージないからさ」


「俺だって観たさ。映画館でカップルに囲まれた中たった一人でな!」


「それはそれは」


「それに比べてお前は、天月あまつきさんと行きやがって! くそっ!」


「何故それを知っている」


 確かになじみに誘われて、映画館へ二人でそれを観に行った。だがそれは休日だったのだ、羽田が知っているわけがない。


「俺を囲んだカップルに、お前ら二人も混ざってるからに決まってんだろ!」


「ああ、そういうことね」


「何がそういうことねじゃ、このやろぉー!」


 羽田に両肩を掴まれ、前後に揺らされる。

 一人で観に行きたくなかったのなら、言ってくれればよかったものを。別に三人で観に行くこともできただろうに。


「――あいかわらず朝から馬鹿やってるわね、スケヒト」


 半泣きの羽田に揺らされていると、いきなり後ろからなじみの声がした。話題が話題なだけに、羽田とスケヒトは動きが固まってしまう。


「なじみ……」


「なーに人の顔見て驚いてんのよ。全く失礼しちゃうわ」


 後ろを見ると、こちらをを真っすぐに見つめて仁王立ちしているなじみがいた。

 どうしてこう、こいつは変なタイミングで現れるのだろうか。


「こんな早く登校してくるなんて、お前にしては珍しいな」


 いつもならホームルーム直前に登校してきているはずだ。それが今日に限ってどうして、こんな早い時間に学校に来ているのだろう。


「何? 私が早く登校してきちゃ悪いっての?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「せっかく早起きしてハンカチのお礼を言いに来たってのに」


「ハンカチ……?」


「あんたが昨日私にくれた誕生日プレゼントのことよ! 家に帰って開けてみて、本当にびっくりしちゃったんだから」


 そう言えばそんなものを渡したような気がする。しかしいつ渡したのかは思い出せない。やはり、今日の自分はどこかおかしいようだ。


「ああ、あれのことか」


 とりあえず話を合わせる。先程のように変なことを口走ると、千代ちよや羽田のようになじみにも不思議がられてしまう。


「あの劇場、やっと新しくオープンしたのね」


「また一緒に観に行こうな」


「っ!」


 ボンッと音が出そうな勢いで、なじみの顔が赤くなった。

 デジャヴと言うやつなのだろうか、こんな会話を前にもしたような……。


「べ、別にいいけれど! ま、そういうことだから!」


 なじみは急いできびすを返し、教室を出て行こうとする。


「ちょっと待て! いきなり走り出したら、」


「ひゃうっ!」


 コケるぞ。


「ほれ言わんこっちゃない」


 なじみは運動が得意だが、テンパると途端にダメダメになる。なじみは出入り口のちょっとした出っ張りでコケてしまった。


っててー」


「立てるか? 見られないうちに早く立てよ」


 不幸中の幸い、朝早いと言うこともあって目撃者は少ない。

 スケヒトは廊下で転んでいるなじみに手を差し出す。


「……ありがと」


 気恥ずかしそうにそう言うなじみ。スケヒトの手を取って立ち上がる。


「怪我、してないか?」


 盛大に転んだのだ、膝を擦りむいていてもおかしくはない。


「……うん、大丈夫」


 両膝にはほこりがついていただけで、なじみは怪我をしていなかった。


「そ、それじゃ、また後で!」


「あっ、ああ」


 今度はコケずに、なじみは走り去る。

 全く危なっかしいやつだ。まあ、怪我をしてなくてよかった。


「よかったんだけど……」


 怪我をしていない膝に、何故か違和感を覚えた。

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