初めまして、戦う家政婦です!②

「――カレーがお好きなんですね」


「あとねー、肉じゃがー」


「それも作れるように頑張ります……」


 話し声で朝霧あさぎりスケヒトは目覚めた。目の前には見知らぬ天井ではなく、見慣れた朝霧家の天井がある。いま自分が寝ているのはリビングにあるソファーの上。そして後ろのテーブルでは妹が誰かと話していた。


「それでね、あまった肉じゃがでカレー作るの。スケ兄ちゃんのカレー、おいしいんだよー」


千代ちよちゃんのお兄様は素敵な方なんですね」


「うんっ。はやく起きないかなぁー」


 おっと、呼ばれてしまった。妹に呼ばれてはしょうがない。眠気が残るものの、んんっーと伸びをして、のそのそと上半身を起こす。


「ごめん、寝てた」


 頭をポリポリとかきながら妹のほうを見る。テーブルにはイチゴのヘアピンをつけた妹と、既視感のある少女が向かい合って座っていた。


「おはようございます、スケヒトさん。お邪魔してます」


 少女に微笑みかけられ、スケヒトは少しどきりとする。


「どうも。……ところで、どちら様?」


「え、覚えていませんか? 残火人のこりびとの分身から救って差し上げた者ですよ」


「残火人の、分身……?」


 目を細め、少女をまじまじと観察する。整った顔立ちは日本人的であり、銀の瞳は外国人のよう。白いセーラー服を着て、黒髪は腰まで伸びている。

 はにかんだその表情は、


「あぁっ! 俺を斬った天使!」


「天使だなんて、なんだか照れちゃいますね」


 スケヒトに指さされた少女は口元を緩めて笑った。

 そうだ、思い出した。全て思い出した。スーパーの帰りに不審者に追われて、助けてくれるはずの少女に腹を斬られたのだ。そして、抱きかかえられながら絶命したのだった。そのはずだったのだが。

 では、ここにいる自分は何なのか。声を発し、ソファーに座っているのは自分以外の誰だと言うのだ。

 スケヒトはソファーから飛び起き、自分の腹を確認する。


「ないっ! 傷がない!」


「あったら困ります。輪廻刀りんねとうで人は斬れませんから」


 スケヒトの言葉に少女が答える。


「残火人を浄化するための刀です。普段は収納アプリで異空間に保管しているんですよ」


「そんなことを聞きたいんじゃないんだけど……」


 肩透かしな回答に苦笑いをするスケヒトを見て、少女はぽんっと手を打つ。そして、ポケットからキャラメル箱くらいのケースを取り出した。スケヒトの前に回り込み、ケースから出した小さな紙を差し出しながら少女は言う。


「すみません、忘れてました。私、輪廻転生管理局のセラと申します。戦闘員兼家政婦として本日付で配属されました。これからよろしくお願いしますね」


「あっ、はい。こちらこそ……?」


 少女の改まった姿勢につられ、スケヒトもぎこちなく会釈する。それにしても、謎の多い挨拶だった。よく分からない単語が八割以上。渡された名刺を見てスケヒトは首をかしげる。


「それはそうと、」


 質問をしようとしたスケヒトだったが、寸秒の差で先に口火を切ったのは、セラと名乗った少女であった。


「それはそうと、どっちがいいですかね」


「どっち……、と言うと?」


「ご主人様かマスターか、呼び方の話ですよ」


 会話の主導権を完全に取られてしまった。これでは質問をできそうにない。何も理解できていないのに話は進む。


「場合によっては金髪にする必要がありますからねえ。あ、あとエクスカリバーもぽちっとする必要も……」


 しかし、この発言だけは何を言っているのか理解できた。

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