どうします、やっちゃいます?②

 駅から出てスケヒトは歩く。なじみが待っているであろう劇場へと。


「ここら辺も寂れちゃったなー」


 劇場がやっていたときはもっと活気があったと思う。観客や演者が集まっていたのもそうだし、毎日のように屋台が出ていたためお祭りをやっているかのようだった。

 それがいまでは人もまばら。晴れ晴れしていた空気が湿っている。


「ま、だからこそここに呼んだんだと思うけど」


 人がいないのなら残火人のこりびとの本懐は遂げやすくなるだろう。だからと言ってなじみとの思い出の地を選ぶとは、なかなか趣味の悪いことをしてくれるものである。


「セバスチャン、分身の気配はないか?」


 スマホに変身しているセバスチャンに話しかける。するとポケットの中から、ゲフッという通知音が聞こえてきた。


「そりゃよかった」


 劇場にいると見せかけて、分身が襲ってくる可能性もある。残火人にたどり着く前にゲームオーバーとなってはセラに会わせる顔がない。


「そういやセラはうまくやってっかなー」


 今回の作戦でセラのやっていることはとても重要だ。セラに残火人が救えるかどうかがかかっていると言っても過言ではない。


『ゲフゲフッ、ゲフゲフッ、ゲ――』


「どうしたセバスチャン!?」


 いきなりセバスチャンが振動し始めた。ゲフゲフと一定のリズムで鳴いている。急いでポケットから取り出して確認。もしかして黒い女が出現したのだろうか?


「ん? セラ?」


 画面に表示されているのはセラの名前と朝霧あさぎり家の電話番号。どうやら家からセラが電話をかけてきたらしい。


「はい、もしもし」


『スケヒトさん、大変です!』


 電話マークをスライドすると、焦った様子のセラが出た。


「失敗でもしたのか?」


『そんなんじゃありません! いまどこですか?』


「劇場までもう少しのとこだけど……」


 なじみが待っている場所まではあと五分ほどで着く。


「まさか、なじみが劇場にいないとか?」


 そうだったらとんだ時間ロスだ。と言うよりも、話が振り出しまで戻ってしまう。


『いえ、そうじゃないんです! なじみさんは確かに劇場にいます。そう管理局から電話がありました』


「だったら一体どうしたってんだ」


 セラが焦っている理由がいま一つ分からない。


『スケヒトさんの家に電話が来たのですよ? つまり私が携帯をなくしたことが管理局にバレました!』


「……!」


 携帯をなくしたことがバレた。それはセラが戦闘不能であることがバレたということと同じである。それを知って手を打たない管理局ではないだろう。


『いま、管理局から派遣された戦闘員が劇場へと向かっています! このままでは助けるよりも先に、残火人が浄化されてしまいます!』


「そんな!」


『だからいま決めてください。このまま残火人を救うか、それとも見捨てるか』


「くっ……」


 見捨てれば事態はこれで終結するが残火人のことを救えない。かと言って、救うという選択をしてしまえば管理局を敵に回すことになる。


『私はスケヒトさんの考えは素晴らしいと思います。残火人を救うなんて、考えたこともなかったですから』


「……」


『しかし私は管理局所属の戦闘員。救うという選択肢に賛同はできません』


 救うと決めることは、セラに裏切り行為をさせることも同等。自分のわがままでセラにそんな選択をさせたくはない。


「俺は……」


『けれど同時に、朝霧家の――スケヒトさんの家政婦でもあります。私、スケヒトさんのこと信じていますからね』


「……」


 どうするのが正解なのだろう。信じているって何だ? それは裏切り行為をさせるような選択はしないってことなのだろうか。


『あーもう! 本当に鈍感ですね。いいですか、これが最後のヒントです。よく聞いてください! 私は笑顔のスケヒトさんのほうが好きなんですよ!』


 返答に困っていると、セラがそう言ってきた。


「それはつまり……」


 笑顔になれる選択をしろってことか。そうならば、考えるまでもなく答えはただ一つ。


「俺は、残火人を救いたい!」


『そうでなくちゃスケヒトさんじゃありません!』


「でも、いいのか?」


『上司にはお酒でも買っていけば大丈夫です。いまは劇場へ急いでください!』


「ありがとう……」


『セバスチャン、いまの聞いてましたよね? スケヒトさんを任せましたよ! それでは後ほど』


 そう言ってセラは電話をきった。通話モードが終了するのと同時にスマートフォンが手の上で跳ねる。


「なっ何だ!?」


 空中でセバスチャンが変身し始めた。ボンという音と共にスマホが煙となる。


「……!」


 煙の中から出てきたセバスチャンを見て、スケヒトは驚いた。

 大きさはクマほどもあり、子犬だったとは思えない。そして何よりゆるキャラから一変、凶暴的な見た目となっている。


「セバスチャン、なのか?」


 すっかり変わってしまったセバスチャンに話しかける。大丈夫と分かっていても足がすくむ。セバスチャンがその気になれば、一口で食べられてしまうだろう。


「フンッ」


 セバスチャンの鼻息でスケヒトの髪が乱れる。恐がっているスケヒトにゆっくりと近づいて、そして低く吠えた。それを聞いてスケヒトは安心する。


「やっぱり、お前はお前なんだな……」


 ケルベロスとなっても、変な鳴き声だけは変わらないらしかった。

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