終部

終の章

初めまして、覚えていますか?①

「兄ちゃんおはよー」


「おう。おはよう」


 朝食を作っていると、千代ちよが目をこすりながら起床してきた。


「今日の朝ごはんなにー?」


「ごはんと味噌汁、それに焼きほっけ」


「兄ちゃん、そんなに焼きほっけ好きだったっけ?」


「別に嫌いではないかな。だけど、それがどうしたんだ?」


 好きか嫌いかで言ったら、好きな方だと思う。しかし何故、千代はこんなことを聞いてくるのだろう。


「だって、おとといの朝に食べたばっかりじゃん」


「え」


 スケヒトは二日前――日曜日の朝食を懸命に思い出してみる。

 確かに言われてみると、その日はほっけを焼いたような気がする。しかし、それを食べたかどうかは曖昧あいまいだ。焼いたのだから食べたのであろうが、何故か食べた確信が持てない。


「俺、本当にほっけ食べたっけ?」


「ほんとに食べたよー。わたしとスケ兄ちゃんしかこの家にいないんだし、食べたに決まってるでしょー? もー、寝ぼけてるのー?」


「あはは、そうだっけか」


 妹が言うのだ、食べたに違いない。だっだらどうして、今日はほっけなんて焼いたのだろうか。焼いてあげる約束をしていたような気もするが、千代がこう言っている以上きっと勘違いだろう。


「あっそうそう、寝ぼけついでに聞きたいんだけどさ」


「なーに?」


「この鍋の中の料理、誰が作ったんだっけか?」


 朝起きてキッチンへ行ってみると、コンロの上に負のオーラを放つ鍋があった。開けてみるとそこには、紫色をした得体の知れない何かが入っていたのだ。


「もー、なじみちゃんがつくったんでしょー。肉じゃががうまくできたから、今度は肉じゃがカレーつくったんだーって言って昨日持ってきたんじゃない」


「どうりで……」


 こんな言われないとカレーかどうか分からないものを作れるのは、なじみくらいしかいない。どうせまた料理に失敗したのだろう。だが失敗したとは言え、今回はその程度がひどすぎるのではないだろうか。


「千代、まさかこれ食べたのか!?」


「ううん」


 そう言って千代は首を横に振る。

 ひとまずは安心だ。もし妹がこんなものを口にしたと聞いていたら、いますぐに病院へ担ぎ込んでいるところだ。


「兄ちゃんが食べるなって言ったから、食べてなーい」


「……そうか」


 よくやった過去の自分! あまり思い出せないが、とりあえず感謝しておこう。


「きのうのことなのに、まさかそれも覚えてないのー?」


「いや、まあ……」


「ま、それもそうかもねー」


「ん?」


 それもそうかもとは、一体どういうことだ。普通に生活していて記憶をなくすなんて、そんなことは絶対にありえない。


「だって兄ちゃん、そのカレー食べたあとしばらく気絶してたもーん」


「なじみの料理で気絶?」


「うんっ!」


 ついに人を気絶させるレベルにまで到達してしまったのか。まるで国民的アニメのガキ大将のようだな。


「今日もそれ食べるんでしょ?」


「ああ……そうだな」


 気絶するほどの味付けとは言え、食べたら死ぬわけじゃない。食べなかったらカレーになってくれた命が無駄になるし、何よりなじみの気持ちを踏みにじってしまう。キツいであろうが頑張って一人で食べようじゃないか。


「でも、朝から食べるのはよしとこう」


「それがいいよー」


 今日も学校があるってのに、朝から気絶しているわけにはいかない。それにもう、ほっけを焼いてしまっている。


「って、スケ兄ちゃん!?」


 顔を洗いに行こうとして、テーブルの前を通った千代が驚きの声を上げた。


「どうしたんだいきなり」


「どうしたって、いったい何びき焼いてるのさ!」


「そりゃ二匹に決まってるだろ」


 この家には二人しかいないのだ。両親は海外へ調査に行ってまだ帰ってこないし、二匹以上焼く意味がない。


「フライパンで焼いてるのは二ひきだけどさ、じゃあテーブルの上のはなに?」


「テーブルの上?」


 見るとテーブルの上には既に、味噌汁と白飯とともに焼きほっけが二匹並べてあった。


「あれっ!?」


「もー、やっぱり寝ぼけてるんだよー。いっしょに顔洗いにいこー」


 千代はキッチンへ回り込み、スケヒトの服のすそを引っ張る。

 おかしい。今日も昨日と変わらず、いつも通りに行動しているはずだ。それなのに何故か四人分の朝食を作ってしまっている。


「ねー、早くいこー」


「そ、そうしよう」


 コンロの火を消し、設定温度を確認してから洗面所へと向かう。


「何故いま俺は、設定温度を確認したんだ?」


「んー? なんか言ったー?」


「いや、何でもない」


 頭で考えるよりも先に、体が動いてしまった。やはり今日はどこかおかしい。


「ほら、先につめたいお水で洗っていいよー。その方が目、覚めるでしょー?」


「本当はお湯が出るの待ってるだけなんだろ」


「そうともゆー!」


 ちゃっかりしている妹を苦笑ってから、しょうがなく冷水で顔を洗った。

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