後片付けは、お任せください!②

「「いっただきまーす!」」


 一斉に目の前のカレーに手を合わせ、少しばかり遅い夕食を食べ始める。


「このカレーね、なじみちゃんの肉じゃがでつくったんだよー」


 スケヒトの隣りに座る千代ちよが、残火人のこりびとに話しかけた。


「おいしー?」


「おっ、おう」


 正面に座る千代に尋ねられ、ぎこちなく返答する残火人。

 緊張しているのだろう、手に持つスプーンが小刻みに震えていた。


「あれー? なじみちゃん、話しかた変わったー?」


「いやっ、そんなことはない!」


 千代は不思議そうに首をかしげて残火人を見つめる。見つめられた残火人はと言うと、スプーンを持ったままフリーズしていた。


「またドラマに影響されたんだよ」


 スケヒトはすかさず助け舟を出す。

 せっかく妹に会えたというのに、こんなに緊張していてはかわいそうだ。


「またー?」


「今回のキャラは、組長の孫娘というステータスを持つ美人教師らしい。不良ばかりのクラスを導くかっこいい人柄に憧れたんだとさ」


「そのドラマさー、けっこー古いやつじゃん」


 何故知っている。千代はそのドラマが終わるときくらいに産まれたはずだ。知らないだろうと思って言ったのだが、まさか知っているとは。


「まーでも、おもしろいよねーそれ。なじみちゃんがハマるのも分かるよー」


 うんうんと首肯して、千代はカレーを食べる。

 本当にどうして知っているのか謎だ。知らないうちに再放送でもしていたのだろうか。


「スケヒトさん、お食べにならないのですか? 私が手塩にかけて作ったカレー」


 スケヒトの前に座るセラが問う。


「ああ。いま食べるよ……」


 残火人のフォローと千代のドラマ知識に驚いていたせいで、まだ一口も食べていなかった。と、そう言いたいところだが実は違う。


「もう一度聞くが、これは食べれるもので作ったんだよな」


「もちろんじゃないですか!」


 本当は目の前の紫カレーを食べるのを避けていたのだ。昨日の『絶叫するスライム卵焼き』に続き、今回は『お腹を壊したスライムカレー』となっている。


「スケヒトさんにおいしく食べていただきたく、アレンジしてみただけです!」


「アレンジ、ねえ」


 茶色いカレーが紫色になるまでのアレンジとは、もはやアレンジとは言えないのではないのだろうか。


「きちんとアレンジ専門のレシピ本を見て作ったんですから、安心して食べてください」


「どんなレシピ本だよ、それ」


「これです!」


 そう言って、どこからともなくレシピ本を出すセラ。もういっそのこと、マジシャンにでもなった方がいい。


「さすがにセミの抜け殻は入手できなかったのですが、それ以外はレシピ通りですよ?」


「おい、それって……」


 表紙にはでかでかと国民的アニメのガキ大将がプリントされていた。


「私とセバスチャンが食べて大丈夫だったんです。だからスケヒトさんも何てことはありません!」


 胸を張って主張するセラは、既に紫カレーのほとんどを食べている。しかしその代わりに、変な汗を大量にかいていた。


「ゲフー」


 足元では亡者をも食らうケルベロス――セバスチャンが紫カレーを食べてぐったりと横になっている。


「家の防御は、大丈夫なんだろうな……」


 この状況を見る限り、セラの大丈夫という言葉は信用できないだろう。普通の肉じゃがカレーを食べている千代と残火人がうらやましい。


「兄ちゃん、早く食べなよー。そのカレーまだたくさんあるからさー」


 物欲しそうに妹のカレーを見つめていたら、さらりと恐ろしいことを宣告されてしまった。


「どれくらい残っているんだ?」


「えーっとねー。おなべいっこ分くらい?」


「おいマジか」


 千代には食べさせないとして、となると、このカレーを最低でも三日は食べなければならない。いまこうしてためらっていても、どうせ食べねばならないのだ。だったら早いうちに覚悟を決める方がいいだろう


「くっ」


 スプーンでひとすくい。心なしかうごめいている気もするが、気のせいだと信じたい。


「ええい! ままよ!」


 瞳をぎゅっと閉じ、紫カレーを口の中に入れる。すると次の瞬間、何とも名状しがたい不快感たっぷりな香りが鼻を通り抜けた。


「ねーねー。スケ兄ちゃん、ソースとってー」


 悶絶寸前のスケヒトに千代がそう言う。

 妹の頼みとあらばしょうがない。この最期の力、ソースを取ることに使おうじゃないか。


「なじみちゃんもソースかけてみなよー。もっとおいしくなるからさー」


「そうなのか!?」


 震えるスケヒトから何事もないようにソースを受け取る千代。ソース・オン・カレーを残火人にもすすめる。


「なあ……千代」


「どうしたの、スケ兄ちゃん」


「ソースかけるとおいしくなるって、本当……なのか?」


 虫の息になりながら、スケヒトは妹に問う。

 できればやりたくなかったが、いまはこれに頼るしかない。


「そうだよー。兄ちゃんもやるー?」


「ああ、頼む……よ」


「ほいきたー!」


 千代は張り切ってスケヒトのカレーにソースをかけていく。

 せっかくハートを描いてくれたが、喜んでいる余裕などない。ただ、おいしくなってくれていることを祈るばかりだ。


「スケヒトさん、味変なんてズルいです! 私は頑張って食べたのに!」


「頑張ったって……」


 本音が漏れてしまっている。頑張るくらいなら、ガキ大将のアレンジ料理なんて作らないでいただきたい。


「とりあえず……いただきます」


 ソースカレーを一口食べてみた。


「ん!」


 あの不快感たっぷりな香りが消えて、逆にソースの酸味が紫カレーに含まれる微々たるうまみを引き立てている。


「どおー? おいしーでしょー?」


「まあ、そうだな」


「でしょー!」


 自分の口には合わないが、さっきよりはだいぶマシだ。これならどうにか完食することができるだろう。


「そうは言ってもなぁ……」


 鍋に残っているであろう大量の紫カレーを思い浮かべながら、ひと晩置いたらおいしくなっていてほしいと思った。

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