エスケープ、しちゃいますか?③

 ズドンと音を立てて、セバスチャンが着地した。周りに民家はなく、近くには大きな川が流れている。ここはスケヒトの家から少し歩いたところにある河川敷だ。


「おーい、着いたぞ」


 スケヒトは後ろに乗る残火人のこりびとに話しかけた。ちなみに残火人は後ろからスケヒトに手を回して乗っている。


「おーいってば。離してくれないと降りられないだろ」


「……」


 反応がない。セバスチャンが跳んだときはぎゃあぎゃあ言ってうるさかったのに、どうしたのだろうか。


「まさか……」


 スケヒトは後ろの残火人を確認してみた。


「おいマジかよ」


 見ると、スケヒトに抱きついたまま失神している。

 そう言えば途中からやけに静かになっていた。だが、まさか気絶していたとは。


「なあ、セバスチャン。少しずつ小さくなってくれないか」


 このままでは、にっちもさっちもいかない。自力で残火人の手を解くことはできたが、大きくなったセバスチャンの背中から残火人を降ろすことは難しいだろう。


「ゲフッ」


 セバスチャンはスケヒトの呼びかけに返事をし、徐々に小さくなっていく。そしてどうにか、スケヒトと残火人は地に足をつけることができた。


「もう一つ頼みたいんだが、いいか?」


 残火人と上着で包んだ輪廻刀りんねとうを地面に置いて、セバスチャンに話しかける。


「ゲフ?」


「スマホになってくれないかな。セラに連絡しておきたいんだ」


 もう日が暮れてしまっている。このまま連絡しなければ、セラにいらない心配をさせてしまうだろう。

 それに連絡をすれば迎えに来てくれるかもしれない。正直言ってしまうと、これから家までなじみを背負っていきたくないのだ。今日の戦闘のおかげで体じゅうが痛いというのに、これから十五分も人ひとりを背負うとなると、それはもうとどめを刺しに来ているとしか思えない。


「頼むよ」


 しょうがなさそうに息を吐き、空中でセバスチャンがスマホに変身する。落ちてきたスマートフォンを危なげなくキャッチして、スケヒトは自分の家に電話をかけた。


「……」


 十回コールしても誰も出ない。一旦電話を切って、もう一度かけなおす。


「……あれ? なんで出ないんだ」


 またもダメ。妹には知らない番号には出るなと言っているが、セラだったらこの電話番号を知っている。だから絶対に出るはずなのだが。それが出ないとなると、家で何かあったのかもしれない。


「もう一度だ」


 セラを安心させるために電話をかけたはずが、逆にこちらが不安になってしまった。今度は十回と言わず留守電になるまでかける。ちなみに家の電話は一分間コールし続けないと留守電にならないよう設定されているので、なかなかの時間電話しなければならない。


「頼む、出てくれ!」


『あーもう! 何度もうるさいですね! いないったらいないんですよ!』


 しばらく電話し続けると、がちゃりと音がしてセラが電話に出た。口調は荒く、こちらを警戒しているようだ。もしかして、セバスチャンからかけていると分かっていないのだろうか。


「俺だよ、俺!」


『なんですか、オレオレ詐欺ですか。逆探知して警察に突き出しますよ?』


「逆探知って……」


『公衆電話からかけてるから安心とか思ってますか? いまどき公衆電話なんてそうそうありませんからすぐに足はつきますよ? 私がその気になれば、三時間以内にあなたを拘束できます』


 さらりと恐いことを言わないでいただきたい。


「俺だ! スケヒトだ!」


『ん?』


「電話番号見れば、すぐにセバスチャンだって分かるだろ!」


 電話の向こうがひととき静かになる。どうやら確認しているらしい。


『これは大変失礼しました』


「まったく」


『って、ええ!? スケヒトさん!?』


 スピーカーの音が割れるほどの大音量でセラが叫ぶ。スケヒトは急いでスマホから耳を離した。


「いきなり大声出すなよ!」


『本当に心配してたんですからね! 私の寿命が一体どれだけ縮んだと思ってるんですか!』


「それは……」


『こんな遅くまで連絡してこないなんて、何を考えているのですか、もう! 激おこぷんぷん丸ですよ!』


 電話の向こうでは、まだセラが怒っている。それもそのはずだとスケヒトは思った。

 なにせ午前中からいままで音沙汰がなかったのだ、立場が逆ならきっと自分も怒っていただろう。


『まあ、無事ならいいですけど』


「心配してくれてありがとう。本当にごめん」


 怒られておいてなんだが、ここまで心配されると嬉しくなってしまう。


『私、本気で怒ってますからね』


「うん」


『本気の本気で怒っているんですから』


「……分かった分かった」


『今日の放課後、本当ならアニメショップに行くはずだったのに!』


「そっちかよ!」


 てっきり自分を心配してくれているものだとばかりに思っていた。


『嘘です。スケヒトさんが怒られてるのに嬉しそうにするから、からかってみただけです』


「びっくりしたぁ」


『あっでも、アニメショップも絶対に行きましょうね』


「お、おう……」


 やっぱりセラはセラで、だけどそっちの方が無事に帰ってきたという感じがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る