エスケープ、しちゃいますか?②

 現在、スケヒト一行いっこうはコンビニ裏の路地で座っていた。


「んー!」


 そう言って頬を押さえるのは、隣でから揚げを食べている残火人のこりびと


「ゲフッゲフッ」


 スケヒトと残火人の間では、セバスチャンが牛肉コロッケを頬ばっていた。そんな一人と一匹を見てスケヒトは呟く。


「家に着くまで我慢しろよな……」


 おかげで財布が風邪を引いてしまったではないか。残火人なじみは自分の財布を持っているのだから、自分でから揚げを買ってほしかったものである。


「いつの世も、腹がへっては戦はできぬからな」


「これから戦う予定ないし、あったとしても絶対に嫌だ」


 今日は色んなことがあったせいで既にボロボロ。これ以上戦えと言われても無理がある。


「……この軟弱者が!」


 決まりが悪そうにそう言って、再び残火人はから揚げをパクつく。一気に二個も口の中に放っていた。


「せっかく買ってあげたんだから、もっと味わって食べろよ」


「あふぇしゃい(うるさい)」


 飲み込んでから話してもらいたい。まあ、何を言っているのか大体は想像がつくけれど。

 やれやれとスケヒトは肩をすくめる。


「ゲフッ」


 セバスチャンが満足したように吠えた。口元に付いたソースを舌で舐めとり、ご満悦のようだ。

 これで満足してもらわなければ困る。なにせ二個もコロッケをたいらげたのだから。


「美味しかったか、俺のコロッケ」


「ゲフッ」


 こいつには食べ物を獲られてばかりだ。昨日のほっけと言い今日のコロッケと言い、好物ばかり食べられているような気がする。


「満足したのなら、また跳んでくれないか?」


 セバスチャンがケルベロスとなってくれれば、家までは一っ跳び、もとい、一っ飛びで帰ることができるだろう。それに帰りの電車賃節約にもなる。


「ご近所の目もあるし、家までとは言わない。学校の近くの適当なとこでいいからさ、頼むよ」


 そう言うと、しょうがなさそうにではあるが、何とか了解してくれた。


「そうと決まれば、まずは人気ひとけのない場所を探さなくちゃな」


 ここは人目があり過ぎてケルベロスになることはできない。いまはコンビニの袋とボロボロになった上着で、セバスチャンの片方の頭と輪廻刀りんねとうをそれぞれ隠している。輪廻刀はいいとしても、コンビニの袋であの大きな頭を隠すことはできない。第一、ケルベロスになった時点でアウトだ。


「そんな場所、どこにあると言うのだ?」


 最後のから揚げを食べ終えた残火人が言う。


「どこってそりゃ……」


「私たちは街中に向かっているのではなかったか?」


「うっ!」


 言われてみれば確かにそうだ。本来の目的地は街中にある駅だった。だからこのままの進路でいくと、人が少なくなるどころか逆に増えてきてしまう。


「まさか、あの公園まで戻ろうなんて言うまいな」


「ううっ!」


 速攻で釘を刺されてしまった。だかしかし、人気ひとけがないところに行くのなら来た道を戻るほかにない。


「私は別に構わないが、この犬が何と言うか……」


 残火人は隣に座る子犬をうかがう。

 いま一番家に帰りたがっているのは、スケヒトでも残火人でもなくセバスチャンだ。早く家に帰ってコロッケ二個では満たせなかった腹を満たしたがっていた。


「なあ、セバスチャン。少しの間だけ我慢してくれ。ほんの三十分くらいだから」


 手を合わせて頼むスケヒトを、セバスチャンはジト目で見つめる。


「帰ったら俺のおかず少しあげるからさ、頼むよ」


「……」


 セバスチャンは何も言わない。その代わりに、前足でコンビニののぼりを示してきた。幟には『おやつにぴったり! メロンアイス新発売!』とプリントされている。


「もしかして、あれを食わせろと……?」


「ゲフッ(肯定)」


「その隣にある『おいしい駄菓子、入荷しました!』ってやつじゃダメか?」


「……(ジト目)」


 どうやらアイスがいいらしい。ここで交渉決裂してしまってもいいのだが、トータルで考えると電車賃よりもアイスを買う方が安く済む。ここは素直に要求をのむのが聡明だ。


「分かった、分かったよ!」


 ここは逆に、メロンアイス一個で済んだことを幸運だと思おうじゃないか。


「アイス、私も食べたい……」


 そう言ったのは残火人。物欲しそうにスケヒトを見つめる。その表情を見て、スケヒトは不覚にもどきりとしてしまった。


「ダメ、か?」


「あなたには自分の財布があるでしょ!」


「この犬には買ってあげるのに、私には買ってくれないのか?」


 ずいっと距離を詰めて、残火人が訴えてきた。なじみの顔で接近され、さらにスケヒトはどきりとしてしまう。


「分かった、分かったから! とりあえず離れて!」


「やった!」


 隣りでガッツポーズをする残火人を見て、やはり幼馴染には敵わないとスケヒトは思う。そして同時に、


「大損だ……」


 電車で帰った方が節約できたのではないかとも思った。

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