嫌いですね、シリアス展開は!④

「ほんとに行くのか?」


「ええ。そうしなければセバスチャンは回収できませんから!」


 平日の昼下がり、高校生二人が小学校に侵入しようとしていた。


「おい、もう少し離れろよな」


「くっつかないとバレてしまいますでしょうが!」


 現在、スケヒトとセラは植木の中からグラウンドをのぞいていた。

 グラウンドでは紅白帽子をかぶった小学生が走り回っている。


「あっ、いたいた! 千代ちよちゃんいましたよ、スケヒトさん!」


「しーっ! バレるだろうが」


「……これは失礼しました。小学生が本当に最高だったもので」


 スケヒトは小声でセラに言う。

 こんなところで見つかっては、お話にならない。


「しっかし、どうすっかなー」


 千代のクラスは体育だ。教室には難なく侵入できる。だがしかし、その前に小学校の中に入る必要がある。もしバレたりでもしたら、残火人のこりびとどころではないだろう。


「大丈夫ですよ、これがありますから」


 そう言ったセラは暗視ゴーグルのようなものを装着していた。

 ほんと、そういうのをしまう場所があるのなら、輪廻刀りんねとうもそこにしまっていただきたい。


「いざというとき役に立つ! 広範囲索敵ゴーグル!」


 じゃじゃーんと言ってゴーグルを指さすセラ。


「んなもんいつ使うんだよ……」


「隠れてアニメを見ているとき、後ろから迫る上司を警戒するときとかですかね」


「それは役立っていると言えるのか……?」


 ゴーグルをつけている時点でバレそうなものだが。と言うか、仕事中にアニメを見るなよ。


「それでは行きましょうか、ロリ天国へと!」


「ちょ、待てって!」


 駆けていくセラを見て、この先がとても不安になった。


「――算数教師(独身)が接近中。一旦隠れましょう」


 五年生の教室は五階にある。いまは昇降口から五階に上るための階段を目指して、絶賛進軍中だ。


「ふいー。行ってくれたようですね」


「そのゴーグルさ、何が分かるわけ?」


「敵の位置とその年齢、体重、身長、スリーサイズ、既婚か未婚かなどですかね」


「うわー……」


 個人情報もへったくれもない。


「さあ、どんどん行っちゃいましょう!」


 こそこそ隠れながら進む。どうにか階段に到着することができた。


「これを五階まで上るんだよな……」


「スケヒトさん、そんなに体力ありませんでしたっけ?」


「そうじゃないんだ」


 体力的には余裕だろう。問題はそこじゃない。本当に問題なのは、


「この階段、隠れる場所がどこにもない」


 当たり前だが、階段にあるのは手すりと階段のみ。教師が来たときに隠れる場所など存在しない。五階まで一回も教師とすれ違わないなど、到底無理な話だ。


「ちっ、ちっ、ちっ」


 そう言って、セラは人差し指をメトロノームのように動かす。


「小学生検定師範代の私にとって、そんなのは問題じゃありません」


「小学生検定って……」


「いいですか、スケヒトさん。幼かったあのころを思い出してください」


「ん?」


「掃除当番に階段担当がいたはずですよね。その掃除用具、どこから持ってきていました?」


「そりゃ、掃除用具入れからだけど」


「それ、どこにありました?」


 担当が掃除しやすいように、掃除用具入れは階を上りきるごとに置いてあったはずだ。それが何の関係があるのだろう。


「まず、このゴーグルで索敵して全力で階段を上ります。中継ポイント――掃除用具入れに着いたら一旦休憩。それを繰り返しながら攻略を目指したいと思います!」


「それで、隠れる場所というのは?」


「そりゃもちろん掃除用具入れですよ!」


「へっ?」


「ラブコメとかではみんなそこに隠れるんで、一度やってみたかったんですよねえ」


 言いながら、ゴーグルを着けたセラは階段を上っていく。

 そんなことをされたら、恥ずかしさのあまり死んでしまう。狭い密室に男女が二人、考えただけでも顔が火照ほてる。


「そのときが来ないことを祈るよ……」


 大人の階段はまだ上りたくない、そう思いながら階段を上り始めたのだった。

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