なんですか、イベントですか?②

 昇降口でセラと別れ、スケヒトは一人で教室へ向かう。セラは担任のもとへ行かなければならず、後で合流することとなっている。

 教室に入ると、既に多くの生徒が登校してきていた。教室の一番奥、窓際の一番後ろの自席に座る。ホームルームが始まるまで文庫本を読むことにした。


「おはよ、またそんなの読んでんのか」


 前から声をかけられ、スケヒトは顔を上げる。

 目の前には男子生徒が一人。こんがりと焼けた肌に短い髪、鼻筋には絆創膏ばんそうこうが貼ってあり、これぞ野生児といった風貌ふうぼうである。


「おはよう、羽田はねだ


 スケヒトは開いたばかりのラノベを閉じる。羽田と呼ばれた少年は、スケヒトの前の席に鞄を置いた。


天月あまつきさんには渡せたのか、プレゼント」


「いや、何だかんだあって渡せてない」


 先程なじみのクラスを見てきたが、まだ来ていなかった。もうすぐ予鈴よれいも鳴るだろうし、プレゼントを渡すのはホームルーム後でいいだろう。


「おいおい、嫁さんは大切にしないとダメだぜ。まさか、夫婦喧嘩ふうふげんかでもしたのか?」


 羽田とは自宅で遊ぶような仲で、なじみとの関係も知られている。幼馴染同士であることを知っているくせに、いつもからかってくるのだ。


「なじみは嫁じゃない! 単純にいそがしかったんだよ」


「妹を愛でる以外に、やることないくせに?」


「お前まで誤解を招くことを言うな!」


 なじみと言い羽田と言い、ほんと止めていただきたい。


「女関係ではないとして……」


「しょっぱなからそこを否定されると、なんか悔しい」


 女関係であるにはあるのだが、いまは黙っておく。セラの自己紹介とズレが生じると色々面倒だからだ。


「まさか、引っ越しか?」


「ん?」


「ついに……別居し始めたのか?」


「別居なら最初からしてるわ!」


「天月さん、お前のことにぶくて嫌になるって言ってたもんなー」


「勝手に話を進めるな……」


 やれやれと言って、羽田は自席に座る。鞄を机の横に引っかけたかと思うと、すかさず体を回転させて向かい合ってきた。


「ま、冗談はここまでにして……ほんと早く渡したほうがいいぜ。何があったのかは知らねえけどよぉ」


「……分かってる」


 残火人のこりびとに襲われて気絶したなんてことがなければ、なじみが来ているときに襲撃されるなんてことがなければ、もう渡せていたはずだった。


「そうそう、天月さんと言えば」


 あごに手を当て、何かを思い出す羽田。


「今朝、駅のホームで見かけたような……」


「んなわけあるか」


 ありえないと、スケヒトはかぶりを振る。

 羽田は電車通学をしており、毎朝最寄り駅から学校に来ている。そしてその駅はなじみの家とは真逆――学校を中心にして対称の位置にあるのだ。だから、なじみをそこで見かけることはありえない。


「そうだよな。やはりドッペルゲンガーだったんだよな」


「恐いことを言わないでくれ」


 なじみが目撃して死んだらどうする。そっくりさんと言え、そっくりさんと。


「ま、ホームルームが終わったら早く渡せって話だよ」


「文脈が破綻はたんしているぞ……」


 国語教師が担任のクラスとは思えない。


「おっと、チャイムだ」


 そう言って羽田は体を前に戻す。

 とうとうこの時間が来てしまった。セラはちゃんと自己紹介ができるだろうか。

 スケヒトはごくりとつばを飲み、緊張しながら担任が来るのを待つ。


「はい、おはよー」


 予鈴が鳴り終わって、山田教諭が元気よく教室に入ってきた。今日もぴちぴちのスーツを身にまとっている。


「今日は大胸筋の調子がいい!」


 そう言って胸をぴくぴくと動かす担任。趣味は筋トレ、好物はプロテインのイチゴ味、主食は鳥のささみと言っていた。しかし何故か裁縫さいほう部の顧問をしているという謎な国語教師である。


「上腕二頭筋もこの通り!」


「「おぉー!」」


 ふんっと腕に力を入れる四十代既婚者。クラスからは歓声が上がる。


「ふんっ!」


「「切れてるー!」」


 いきなり始まったボディービルディングだが、これはいつものこと。担任が満足するまで続くので、我々は必死で場を盛り上げなければならない。


「はぁいっ!」


「「羽が、背中に羽が!」」


「ほーい!」


「「いいよ、仕上がってるよー!」」


 ――五分後。


「よし、今日もいい日だ」


 山田担任はやっと満足したようで、何事もなかったようにホームルームを開始した。担任が朝から熱いおとこだと、本当に困りものである。


「「はぁー」」


 担任よりも盛り上げる生徒のほうが疲弊ひへいしていた。皆が疲れ切っている中、山田教諭は文脈なく言う。


「筋肉の調子もいいところで、転校生を紹介したいと思う」


 そう言えば、この国語教師も文脈が破綻しているのだった。

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