初めまして、戦う家政婦です!④

「おっほーう! これがレトルトカレーですか!」


 パクリと一口。開口一番にセラは叫んだ。目の前に座る少女は頬に手を当てて味の余韻を楽しんでいる。


「スケ兄ちゃん、ソースとってー」


 隣に座る妹に頼まれ、何とも言えない表情で渡してあげると


「ありがとー。……カレーにソースは合うんだよ、ほんとだよ?」


 と心情を察されてしまった。

 今晩の食事はご飯にレトルトカレー、それとスーパーで買ってきたキャベツの千切りサラダ。以上、十分もあれば出来上がる簡単なものだ。本当ならばもう少しったものを作らないと妹がすねるのだが、


「セバスチャン、おいしー?」


「ゲフッ!」


 机の下でサラダを頬張る二つ頭の犬、セバスチャンのおかげで虫の居どころはいいようだった。ところで、一応サラダは二つ与えているのだが、体は一つなわけであり、どうするのが正解だったのだろうか。


「あの、福神漬け取ってくれませんか?」


「ああ、はい」


「ありがとうございます」


 一心不乱に食べるセラを見て、スケヒトはなかなか話を切り出すことができない。どうしようかと何気なくセラを見つめていると、その視線に気づいたのかセラのほうから話を振ってきた。


「事情はきちんとお話ししますから、そんなに見つめないでくださいよ。惚れますよ! 惚れちゃいますよ!?」


 ここまで接してきて、セラのことがだんだんと分かってきた。冗談好きで、明るくて、そして何よりポップカルチャーに関してやたら詳しいということだ。


「分かった、分かりましたから! 机に乗り出さないでくれますか! 顔が、顔が近いんですよ」


 鼻先が触れ合いそうなくらい接近され、スケヒトは少々あわてる。シャンプーだろうか、セラからはとてもいい匂いがした。


「いやぁ、とても美味びみで興奮してしまいましたよ。千代ちよちゃんはスケヒトさんの作るカレーはこれ以上だと言ってましたが、そう聞くとますますそのカレーが楽しみですね」


 椅子いすに座り直してそう言ったセラは、コップの水をごきゅごきゅと飲み干す。


「ごちそうさまー」


 セラと話しているうちに食べ終えた妹が、ぱちんと手を叩いてごちそうさまをし、食器を流しへと運んでいく。続いてセバスチャンも食べ終え、ゲフッ! と変な鳴き声を発してから、妹のほうへ行ってしまった。リビングで遊ぶ妹とセバスチャンを見て、セラが言う。


「妹さんはセバスチャンに任せて、我々は込み入った話をしようじゃありませんか」


「そうしてもらえると、助かる」


「ですがその前に。スケヒトさん、カレーは温かいうちに食べたほうがおいしいと思いますよ?」


「ん?」


 セラに指摘され、手元を見る。まだ一口しか食べていなかった。


「いきなりの状況で動揺されるのも分かります。洗い物は私がやっておきますので、スケヒトさんはゆっくりと食べていてくださいな。このばんそーこー、防水タイプなので」


「じゃあ、頼んでもいいかな?」


「はいっ! 私は朝霧家ここの家政婦ですから!」


「は、はあ……」


 勢いよく立ち上がるセラ。やる気に満ちた瞳とともに、腕まくりをしながら流し場へと向かっていく。

 食卓に一人残されたスケヒトは、これまでのことを振り返ってみる。不審者に追われ、少女には斬られ、死んだと思ったら死んでいなかった。極めつけには二つ頭の犬まで登場だ。この数時間でありえないことがいくつも起こっている。これがアニメや小説の世界なら笑っていられるが、現実でとなると話は違う。

 いや待てよ、そもそもこの世界が現実だと誰が証明できる? そうだ、夢だ。きっと夢を見ているに違いない!


「あの、スケヒトさん? ぼーっとしちゃって、大丈夫ですか?」


 皿洗いを終えたセラがスケヒトの顔をのぞき込む。その表情は心配そうでありながらも、何かを我慢しているようだった。


「早く食べないと、私が食べちゃいますよ? 正直、食べたいんですが……」


 眼光をぎらりと光らせ、じゅるりとよだれをぬぐうセラは腹をすかせた獣のよう。

 まだ二口しか食べていなかった。

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