なんですか、イベントですか?⑥

「な、何だこれは!」


 一時限目の体育を終え、教室に帰ってきたスケヒトは思わず叫んだ。

 床に散らばる無数の教科書、ぐちゃぐちゃになった制服、だらしなく口を開いた鞄の数々……。目の前にはそんな光景が広がっている。


「どうしたって、ええ!?」


 スケヒトの後ろにいた羽田はねだも教室の惨状を見て驚く。

 教室の中はひどい散らかりよう。それはまるで空き巣にでも入られたかのようだった。


「お二人とも、どうされました? 男子チームが負けたこと、まだ悔しがっているのですか?」


 私の抜刀打法は最強ですからねーと、セラは得意げに言う。男子二人に入り口を塞がれているせいで、まだ中の様子が分からないようだ。


「そんなんじゃない。これを見てみろ……」


 スケヒトはセラに場をゆずる。


「こ、これは……!」


 絶句するセラ。転校初日のしかも一時限終わりにこんなものを見せられては、誰だってこうなる。


「まさか! いや、そんなはずは」


 セラはそう言って、何かを思い出したように教室へと入る。足元の教科書につまずきながら、自席へと駆けて行った。


「ちょっと俺、先生呼んでくるわ」


 羽田がそう言い残して走っていく。頼んだぞと叫んでから、スケヒトはセラのあとを追った。


「……ない!」


 制服をまさぐるセラの顔は青い。制服を投げ捨てたかと思うと、今度は鞄の中身をひっくり返し始めた。


「なあ、どうしたんだ?」


 そう声をかけるも返事はない。セラは必死になって何かを探していた。


「なんじゃこりゃぁ!」


「ひどーい!」


 クラスメイトたちが続々と帰ってきた。彼らもスケヒト同様、教室の惨状を見て驚愕している。


「なあ、大丈夫か?」


 座り込んでしまったセラにスケヒトが声をかける。

 混乱した教室の中では、急いで自分の荷物を確認する者、その場に立ち尽くす者、落ちている教科書を拾う者など、それぞれがそれぞれの行動を開始し始めていた。

 

「どうしましょう……」


 うつむいたセラが弱々しく呟く。周りには裏返しの制服やら空っぽの鞄やらが広がっている。


「どうしたんだ。何をなくしたんだ!」


 セラの落ち込みようを見て、スケヒトはただ事ではないと悟った。


「これじゃあ、私……」


 やはりスケヒトの言葉は耳に入らないよう。先程よりも弱々しく呟いて、再び空になった鞄の中を探り始めた。


「一旦落ち着け!」


 スケヒトはしゃがんでセラの肩を掴む。セラの動きがぴたりと停止した。


「何がなくなったか言ってみ。俺も探すの手伝うから!」


 スケヒトにそう言われたセラは、ゆっくりと顔を上げる。そして、涙目になりながらこう言った。


「……ないんです。ないんですよ、私の携帯が!」


「携帯って、早着替えアプリが入ってるやつ?」


 セラはこくりとうなずく。そしてこう言った。


「これじゃあ、輪廻刀りんねとうが取り出せません!」


 輪廻刀は携帯端末のアプリで管理している。その携帯がなくなったいま、輪廻刀を取り出す手段はどこにもない。


「でもさ、まだ残火人のこりびとを浄化するわけじゃないんだし……」


 輪廻刀は残火人を浄化するための刀。残火人が見つかっていないいま、言ってしまえばまだ必要ないように思える。


「それに、盗まれたと決まったわけじゃないだろう?」


 確かに教室は荒らされている。けれどこれが盗み目的ではなく、愉快犯の可能性だってあるのだ。セラの携帯がこの教室のどこかに落ちていることだってあり得るだろう。


「体育だからと言って、おいていった私のミスです」


 セラは首を横に振る。それは盗まれたことを確信しているようだった。


「諦めるのはまだ早い!」


「……机の上を、ご覧になってください。おかしいと思いませんか?」


 セラが指さすのはスケヒトの机。言われた通りスケヒトは自分の机を見る。


「何がおかしいんだ?」


 机の上にはおかしなものなど何もない。一つ言えるとしたら、置いていた体操着袋が机の中に入っているということだけ。


「他の皆さんは中身が外に出されているのですよ? なのにスケヒトさんだけは逆です」


 他の生徒の机は物で散乱しているのに対して、スケヒトの机だけとても片付いていた。


「中に何が入っているのか、確かめてみてください」


 言われて、スケヒトは机の中を見る。しかし体操着袋をどかしてみても、特に何もなかった。


「この袋しか入って――」


 セラに見せるために袋を持ち上げて気が付く。何も入っていないはずなのに、底の部分が少し膨らんでいた。何か入っていたのは机ではなく、こちらの袋のようだ。


「ハンカチ?」


 取り出してみると、出てきたのは一枚のハンカチ。それには見覚えがあった。


「これは、三年前の……」


 どうか見間違いであってくれ。似ているだけであってくれ。そう思いながら、恐る恐るハンカチを広げる。


「あの日が誕生日だと聞いたときに、気づくべきでした」


 重なったところを一枚一枚めくっていく。


「今日学校を休んでいると知ったときに、不自然だと思うべきでした」


 重なっているのはあと一枚。これをめくれば、見間違いかどうか分かる。


「なっ!」


 ハンカチには丸文字で小さく名前が書いてあった。


「お分かりになりましたか。誰が犯人なのか、誰が残火人なのか」


「……ああ」


 どうやら天月あまつきなじみが、今回のラスボスのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る