急部

転の章

嫌いですね、シリアス展開は!①

「行きましょう、スケヒトさん。くよくよしていたって、輪廻刀りんねとうが戻ってくるわけではないですし」


 混乱する教室の中で、セラはすっくと立ちあがる。手で自分の頬を叩き、気合を入れていた。


「この学校に公衆電話はありますか? あれを使うときが来たようです」


 鞄の中からがま口財布を出し、開けて中を探るセラ。中から取り出したものは一枚のカードだった。


「何だそりゃ」


 セラの持つそれは図書カードくらいの大きさで、表面には美少女キャラの絵柄が印刷されている。


「テレフォンカードです! 本当は使いたくなかったんですけど、この際しょうがありません」


「きょうびテレフォンカードって」


「管理局主催、春のアニメ祭り限定テレカですよ。何千枚とはがきを送って、やっと手に入れたやつなんです」


 ごめんよーと言いながら、セラはカードに頬ずりをしている。テレフォンカードが懸賞とは、公衆電話がなくなりつつある現代では考えられない。


「そんなに大事なものなら、小銭を使えばいいんじゃないか?」


 うちの、というか全ての公衆電話は小銭が使えるはずだ。限定品なら使わないほうがいいと思うのだが。


「それは無理な話です。だって、このカードを使わないと管理局に繋がらないんですから」


「はぁ……」


「それじゃあ早く着替えてください! 行きますよ!」


「お、おう」


 先程までの動揺っぷりはどこへやら。もう既に、セラはいつもの明るい調子に戻っていた。落ち込んだり張り切ったり、やっぱり忙しい娘である。

 そんなセラを見て、スケヒトは少しだけ元気づけられたような気がした。


「――さよなら、私のテレカちゃん」


 セラは涙ながらにテレフォンカードを挿入し、番号を押していく。

 現在、スケヒトとセラは一階職員室前の公衆電話に来ていた。


「あー、もしもし? ケルビーさんですか? 私です、セラです。ただいま緊急事態でして、早急に例のやつを送っていただきたいのですが。あー、はい。そうですか、分かりました。それじゃあ失礼します」


 がちゃりと受話器を置き、出てきたテレカを引き抜くセラ。穴の開いたテレカを悲しそうに見つめて、ポケットの中にしまう。


「それでは、行きましょう」


「どこに?」


「なじみさんのところに決まっているじゃないですか!」


「いやでも……」


「でももストライキもありません!」


 セラはスケヒトの手を引き、なかば強引に昇降口に連れていく。


「ちょっと待てよ!」


 そう言って、スケヒトはセラの手を振りほどいた。


「行くって言ってもどこにさ。なじみの場所は分からないだろ」


 なじみが残火人のこりびとと言うことは分かった。しかし、いま現在のなじみがどこにいるかは分かっていない。それなのにセラはどこへ行こうとしているのだ。


「分かります、分かっているはずです。スケヒトさん、あなた自身が」


「はぁ?」


「持ってきてますよね、なじみさんのハンカチ」


 スケヒトは右手に持っていた幼馴染のハンカチを見た。

 これは三年前、スケヒトがなじみにプレゼントしたもの。三年前のものにしてはきれいに使われている。


「それがなじみさんのいる場所です」


「あの劇場に、なじみが……」


 移転のために潰れてしまった劇場。このハンカチはそこの最終公演のときに買った限定品だ。


「きっとなじみさんはそこで待っているはずですよ」


 閉館した劇場は電車に乗らないと行けない場所にある。

 羽田はねだが言っていたことは正しかった。今朝駅のホームで見たという人物はやはりなじみだったのだ。


「さあ行きましょう! 学校のことなら心配しないでください。いま彼らが送られてきましたので」


 セラは目の前の光の柱を示す。それはセバスチャンが登場したときと同じ光の柱だった。


「彼らって、誰?」


「ま、見ていてくださいよ」


 光の柱から降りてくるのは人間の脚、それも二人分の。今回は犬ではなく、人間が召喚されたらしい。


「もうすぐ誰なのか分かりますから」


 一人目は少女のようで、腰まで黒髪が伸びていた。もう一人は男子用制服を着ていることから男子だろうと予測できる。


「おい、まさか……」


 腰まで伸びた黒髪、大きな銀の瞳、しっとりと潤った桃色の唇。

 光の柱から降りてきた少女をスケヒトは知っている。男のほうはもっと知っていた。


「紹介いたしましょう! 管理局所属、ドッペルくんとゲンガーちゃんです!」


 目の前には自分が立っていた。同じくセラの前にもセラが立っている。

 ドッペルゲンガー、日本語で分身。見ると近いうちに死ぬと言うそれが立っていた。


「これでエスケープしても怒られません!」


「なんつーもん召喚してんだ!」


「大丈夫ですよ、多分死にゃしませんから!」


「多分って」


 これは一種の死亡フラグと言うものではなかろうか。


「スケヒトさんは死なないわ。私がまもるもの」


 そう淡々と呟くセラ。いつの間にか水色のウイッグをつけ、赤いカラーコンタクトを入れている。


「そういうのこそ、収納アプリにしまっとけよな……」


 コスプレをするセラを見て、つくづくそう思った。

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