もしかして、フラグですかね?②

「おはよー」


 八時を過ぎたころ、妹がセバスチャンを抱っこして起きてきた。


「おはようございます、千代ちよちゃん。よく眠れましたか?」


 テーブルにはしと湯飲みを並べながら、セラも挨拶をする。


「セバスチャンあったかくて気持ちよかったー」


「それはそれは」


 笑顔で会話をする二人。この画だけを見ると平穏そのものなのだが、


「ゲフッ」


 あいだにいる二つ頭の犬によって、それが錯覚であることを思い知らされるスケヒトだった。


「早く顔洗ってきな、魚もう少しで焼けるから」


 今日の朝食はご飯に味噌汁、それと焼きほっけ。きのこと豆腐の味噌汁はセラと一緒に作ったものだ。


「はーい」


 千代がとてとてと洗面所へ走っていく。

 設定温度はちゃんと戻してある。セラが使ったドライヤーも片づけた。風呂場の換気もしたし、痕跡こんせきはほとんど残っていないはずだ。


「って、妹に何こそこそしているんだか……」


 セラが朝風呂に入ったことは隠すようなことではない。しかし小学生の兄として、今朝のことが妹にバレるわけにはいかないのだ。後ろめたい事情があるかぎり、絶対に隠し通さなくてはならないのだ。罪悪感にさいなまれるも、自分にそう言い聞かせる。


「スケヒトさん、お顔がまっ赤ですよ。大丈夫ですか?」


 余計なことまで思い出してしまった。

 赤面したスケヒトをセラが心配そうにうかがう。


「だ、大丈夫! 遠赤外線えんせきがいせんのせいだから!」


 いまのは少し苦しかったか。不思議そうに首をかしげるセラ。だがすぐに、


「そうですか!」


 と納得してくれた。ふいー、と一息ひといきついてから皿を出し、魚をきれいに盛り付ける。盛り付けるとすぐにセラが運んでいった。妹も着席し、あとはセバスチャンのサラダを準備するだけ。


「セバスチャン、今日もおいしいサラダだぞー」


「……」


 おすわりをし、ジト目でこちらを見てくるセバスチャン。四つの瞳は何かを言いたいようなのだが、スケヒトには分からない。


「サラダじゃだめか?」


「ゲフッ」


 そう鳴いて、スケヒトとセラを交互に見る。


「な、なんだよ」


 まさか、バレているのか? いや、そんなはずがない。昨日、こいつは千代と一緒に一晩中寝ていたはずだ。


「フッ」


 セバスチャンは鼻で笑うかのように鳴き、後ろ足で自分の首輪をしめしてきた。しゃがみこんで首輪をよくよく見てみると、中央部分に小型カメラが内蔵されている。


「まさか、そんなわけ」


 昨日、セラはこう言っていた。『首輪とアプリを連携させることで、離れていても危険を知らせてくれるから安心! な、な、なんと、いまなら無料で首輪とアプリがセットでついてきます!』、と。


「それで? このカメラがどうしたって言うんだ」


 あくまでしらを切る。バレているはずがない。大丈夫だ、安心しろ自分!

 追い詰められた犯人のようになっているスケヒトを見て、セバスチャンは二つの首を横にふる。


 ――ボンッ!


「わっ!」


 いきなりセバスチャンが煙になってしまった。かしゃりと音がして足元を見ると、そこには電子辞書のようなものが。恐る恐る開いてみる。それは電子辞書ではなくゲーム機のほうだった。

 

「セバスチャン、なのか……?」


 またもやセラが言っていたことを思い出す。


「セバスチャンは小物になることが可能。……まさか!」


 動画が再生される。映し出されたのは薄暗い部屋。それは紛れもなくスケヒトの家の中だった。


『まさか、のぞかれるおつもりでしたか?』


『わっ、悪い!』


 急いでゲーム機型となったセバスチャンを閉じた。閉じると同時にセバスチャンは元の姿に戻る。


「驚かれていたようですが、どうされました? って、しゃがみこんじゃって大丈夫ですか!?」


 先程の声を聞きつけ、セラが台所へとやってきた。スケヒトは弱みをにぎられているため、セラに言いつけることができない。それでもと、精一杯の抵抗をこころみる。


「あのさ、この首輪のカメラって……」


「見守りカメラですよ。昼夜を問わずずうっと録画してます。言ってませんでしたっけ?」


「まさか、盗撮機能とかあったりしないよな」


「あるわけないじゃないですか! あっでも、バリアに囲まれているこの家の中ならどこでも録画しているので、盗撮っちゃ、盗撮ですかね」


「おいマジかよ……」


「そんなことより早く食べましょうよ、スケヒトさん! お腹すきました! 千代ちゃんも待ってますよ」


 妹が待っているとなると、事は急がなくてはならない。


「分かった。この犬と話したら向かう」


「分かりました! なるはやでお願いしますね!」


 テーブルへと戻っていくセラ。一人と一匹になってから、話を始める。


「コンビニのドックフードでどうだ?」


「ゲフッ(拒否)」


「じゃ、じゃあ、ドックフードにサラダでどうだ?」


「ゲフッ(失笑)」


「ならばドックフードにミックスサラダで!」


「ゲフッ(あきれ)」


「何がいいんだ。もう交渉材料はないぞ!」


 そう言うと、セバスチャンはため息をついてからテーブルのほうを見た。

 テーブルには湯気を立てるご飯と味噌汁、それと焼きほっけ。


「くっ!」


 その日の朝、おかずはサラダだけだった。

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