なんですか、イベントですか?⑤

 結論から言ってしまうと、結局なじみに会うことはできなかった。


「残念でしたね、スケヒトさん。まさかお休みだなんて」


「ああ……」


 手に持った包みを見ながらスケヒトは返答する。いまは自分のクラスに戻っている最中だ。

 なじみが学校を休むことはとても珍しい。いつもなら風邪だろうが何だろうが、這いつくばってでも登校してきていた。そんな幼馴染が休むとはよっぽどのことがない限りありえない。


「やっぱり、昨日のが原因なんだろうなー」


 歩きながらスケヒトはそう言う。

 昨日、なじみは黒い女の襲撃に遭っている。帰り際の様子もおかしかったし、休む理由などこれしか考えられなかった。


「本当に管理局は記憶操作をやってくれたのか?」


 セラは管理局が何とかするから大丈夫だと言っていた。だが、なじみのことを思うとどうしても不安になる。いまごろ家でおびえているんじゃないか、そう考えるだけで胸がとても苦しくなった。


「会ってみないと確証はありませんが、きっとやってくれたはずです。そこは我々を信じてください! なじみさんはきっと、いえ、絶対に大丈夫ですから! 私が保証します!」


 胸をぽんっと叩き、自信満々にそう言うセラ。


「だから安心なさってください! ねっ!」


「分かった分かった……だから、一回離れよ?」


 今日もセラは通常運転のようで、転校初日にもかかわらず顔を接近させてきた。一時限目の準備をしている生徒たちの視線が集まる。


「スケヒトさんがあんまり心配そうにしているもので、つい」


 セラはあははと笑いながら離れていく。明るく振る舞うセラを見ていると、少しだけ気分が晴れたように感じた。


「……ありがとな、心配してくれて」


「いえいえ! 元気なスケヒトさんのほうが好きってだけですから!」


 隣で破顔するセラを見て、スケヒトはどきりとする。

 無自覚でこういうことを言うから、セラは本当に困る。これでは心臓がいくつあっても足りない。

 スケヒトは火照ほてった顔を隠すためにそっぽを向く。


「あれ? どうしちゃいました?」


 何も知らないセラはスケヒトの顔をのぞき込む。不思議そうに首をかしげながら、じろじろとスケヒトを見てきた。


「何でもない!」


 きれいな銀の瞳に見つめられ、スケヒトはたまらず逃げ出した。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよー!」


 後ろからそんな叫び声がするが無視。全力疾走で自分の教室に駆けこむ。

 走ったせいで息が切れた。これなら顔が赤くてもどうにか誤魔化せるだろう。


「あー疲れた、ってあれ?」


 教室には誰もいなかった。一時限目の開始まではあと十分弱。嫌な予感がして、急いで時間割を確認する。


「ヤバい! 今日の一時限目は体育だった!」


 朝から色々なことがあったせいで、すっかり忘れていた。


「待ってくれないなんて、ひどいじゃないですかー! もー!」


 少し遅れてセラが教室に入ってくる。髪は乱れているが、息は切れていない。


「あれ!? 誰もいないじゃないですか」


「次は体育の授業なんだよ! 体育館は少し遠いから、皆早めに行ったんだ」


 スケヒトは急いでロッカーから学校指定ジャージを取り出す。

 半袖、短パンは制服の下に着ているから、着替えはすぐに済むだろう。


「早くしなきゃ。そっちも早く着替えな」


 スケヒトが準備を進める中、セラはまだジャージすら出していない。もっと言うと、自分の席にすら到着していなかった。


「そう焦らずに」


 セラはゆっくりと席まで歩く。スケヒトがズボンを脱ぎ終わったころにようやく着いた。


「急げって!」


「私なら、もう終わりましたよ?」


「は?」


 見ると、セラは本当にジャージ姿になっていた。制服もきちんとたたみ、机の上に置いている。


「この数秒でどうやって……」


「これですよ」


 手に持った携帯端末を得意げに指さすセラ。


「早着替えアプリも入れているもので」


「なんだその携帯! でたらめ過ぎるだろ!」


「それよりスケヒトさん、手、止まってます」


 セラの早着替えに驚いていたせいで、着替えが止まってしまっていた。まだワイシャツも脱いでいない。授業開始まであと五分。正直、ヤバい。


「早くしないと、遅れちゃいますよ」


 そう言うセラは余裕の表情。焦るスケヒトを勝者の眼差しで見つめる。そして、にっこりと笑ってこう言った。


「ま、私は待ってますけどね」


 この後、セラを待たなかったことをちゃんと謝った。

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