どうします、やっちゃいます?①

 なじみがいると思われる劇場までは、電車に乗って三十分ほどで到着する。スケヒトはセバスチャンと一緒に、目的地へと向かう電車に乗っていた。現在、セバスチャンはスマートフォンに変身している。


「お前、ネットに繋がれんのかよ……」


 スケヒトが独り言つと、画面に通知が表示された。


「メッセージ……?」


 一体誰がセバスチャンに送信してきたのだろう。

 内容を確認するため、画面をタップ。すると、チャットアプリとおぼしきものが開いた。


『ゲフッ』


 画面にはその一言が表示されている。どうやら送り主はセバスチャンらしい。


「へー、そんなことできるんだ」


『ゲフッ』


「ネットに接続可能なら、電話とかもできちゃうわけ?」


『ゲフッ(肯定)』


 なかなかすごい犬だな、そうスケヒトは思う。


「ん? だったらさ、収納アプリとかもダウンロードできるのでは……」


 収納アプリがダウンロードできさえすれば、輪廻刀りんねとうだって返ってくるはずだ。


『ゲフッ(否定)』


「ま、それもそうか」


 そんなことが可能だったのなら、一番最初にセラが気づくはずである。物事はそう簡単にはいかないらしい。


「じゃあさ、そのままの状態でバリア張れる?」


 大切なことなので聞いておく。これは今後の作戦にも関わってくる話だ。


『ゲフッ(肯定)』


「そりゃよかった」


 セバスチャンが第二形態――本来のケルベロスの姿になって戦えば、バリアはいらないかもしれない。しかし、いまの目的は残火人のこりびとと戦うことではなくて、残火人を救うことだ。できるだけ争いたくはない。


「危なくなったときはどうすればいい? 戦う以外の脱出手段とかはあるのか?」


 争いたくはないと思うものの、向こうはそうじゃないだろう。あちらは本気で殺しに来ているのだ。なじみの意識を取り戻せなかった場合のことも考えておく。


「あっちは分身とかを使ってくる。戦わずに自力で逃げるのは難しいと思うんだけど」


 セラと家の前で戦っていた黒い女は、初めて会ったときのとは違っていた。動きも素早かったし、何よりも凶暴性が増していた。そんなものからただの高校生が逃げ切れるはずもない。


『ゲフッ(疑問)』


 セバスチャンが首をかしげた絵文字を送ってきた。何故戦わない、そう言いたいのだろう。


「戦ってしまったら、それは火に油を注ぐだけだ。そう思わないか?」


 ただでさえ前世で一度殺されているのだ。こちらも手を出してしまったら、向こうがどうなるか分かったものではない。それにそんなことをしてしまっては、残火人を救うことが不可能に等しくなってしまう。


『……ゲフッ(了解)』


「ありがとな」


 少し考えてから、セバスチャンは戦わないことを承知してくれた。脱出方法については考えておいてくれるらしい。


「あれ? 充電が少なくなってきている」


 ふと画面右上を見ると、先程まで八割ほどあった充電が四割まで低下していた。


「これは一体……」


 このスマートフォンはセバスチャンが変身しているのだ。そもそも電気で動いていないのだから、充電が少なくなることなどありえない。


『ゲフッ』


 セバスチャンがメッセージと共に食べ物の写真を送ってきた。それを見て、スケヒトは何故充電が少なくなっているのかを理解する。


「飼い主に似るってのは本当らしいな……」


 どうやら腹がへったらしい。しかし現在時刻は十一時半。


「けどな、まだ昼飯には早いと思うぞ」


『ゲフッ』


 セバスチャンがまた写真を送ってきた。送ってきたのは笑顔の千代ちよと小学校の掃除用具入れの二枚。


「……」


 やっぱり、なかなかすごい犬だなと思った。

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