後片付けは、お任せください!⑥
「ほ、ほんとに泊まってもいいのか?」
「うんっ! なじみちゃんなら大歓迎だよー。ねー、セバスチャン」
「ゲフッ!」
風呂から上がったスケヒトがリビングへ行くと、
「あっ、スケ兄ちゃんいいところに!」
わしゃわしゃと髪を拭いているスケヒトを見つけ、パジャマ姿の千代が駆け寄る。
「今日なじみちゃん泊めちゃダメー?」
「んー……まー別にいいぞ」
「やったー! なじみちゃんとお泊まりするの久しぶりー」
一応考えるふりはしたが、答えは最初から決まっていた。現在、なじみの家にはドッペルゲンガーのゲンガーちゃんがいるのだ。セラからそのことを聞いたときから既に残火人――なじみを泊めることは決定している。
「じゃー、もう寝るねー」
そうスケヒトに言って、千代は座っている残火人のもとへと走っていく。
なじみが泊まることがよっぽど嬉しい様子。思い返してみれば、なじみが家に泊まるのは三年ぶりだ。
「なじみちゃんいこー」
「あっ、ああ」
「セバスチャンもおいでー」
「ゲフッ」
千代は寄ってきたセバスチャンを両手で抱っこする。そして、
「それじゃー、みんなおやすみー」
と言って、これまたパジャマ姿の残火人を従えて自分の部屋へと行ってしまった。リビングにはセラとスケヒトの二人だけが残る。
「残火人が着ていたパジャマ、あれセラのか?」
麦茶を注いだコップを差し出しながらスケヒトは聞いた。
「はい! 予備が余っていたので」
「え、予備ってことは、まさか毎日それ着て寝てんの!?」
「そうですが、何か?」
テーブルの向かいに座っているセラは、何故驚いているのか分からないといったふうに首をかしげる。
てっきり、残火人にいつも着ているパジャマを貸したから仕方なくこっちを着ているものだと思っていた。今日初めてセラのパジャマを見たが、まさかこんなものだったとは。
「そういうのって普通、小っちゃいときに卒業するもんなんじゃ……」
スケヒトが驚きを通りこして若干引いている理由。それは残火人が普通のパジャマを着ていたのに対し、セラは普通じゃないパジャマを着ているからだ。
「私の尊敬するネット民は言いました! 『そんなのは卒業なんかじゃない。中退したやつらの綺麗ごと』だと!」
「は、はぁ……」
「私は彼女たちが二人のときから応援しているんですから!」
日曜日の朝アニメに登場する美少女キャラが印刷されたパジャマ。それを着たセラは熱弁を振るう。
「それにこれ、暗いところで光るんですよ! 分かりますか、このすごさが!」
バンッとテーブルに手をつき、セラは勢いよくスケヒトに顔を近づける。
「確かに夜のトイレは恐くなくなるな! うん、分かった! 分かったからとりあえず離れて!」
風呂上がりに顔を近づけてくるのはやめていただきたい。いつもよりシャンプーのいい匂いがする上に、五割増しで艶めかしく見えて破壊力がハンパじゃない。
「大人用もあったんだな、それ……」
「はい、結構前から! スケヒトさんも着てみますか?」
「いや、俺は遠慮しとくよ」
確かにこのアニメには小さいときにお世話になっている。だがしかし、だからと言って高校生になったいまそのパジャマを着るわけにはいかない。それに、この商品は女子向けだったはずだ。
「あっそうそう、このパジャマは改造してあるんで、早コスプレもできるんですよ」
「改造って……いや、早コスプレって何だよ!」
「いまから実際にやってみますね!」
セラはすっくと立ち上がる。そして、千代と残火人が遊んでいた少し広ーいスペースへと歩いて行った。
「いいですか、まばたき禁止ですからね!」
そう言うセラの片手にはいつの間にか、先端にハート型のジュエリーがついているステッキが握られていた。
「では変身しますよ!」
「ちょっと待て!」
「トランスフォームッッ!!」
「うわっ――!」
セラがステッキを一振りした瞬間、部屋に閃光が走る。ピカッと光ったのは一瞬で、例えるならカメラのフラッシュのようであった。
「――戦う家政婦、セラ!」
スケヒトは目をしばたたかせながらセラを見る。
「ふうー。ざっとこんな感じです」
「マジか……」
まばたき一回分の時間で、セラはアニメキャラと同じ服装になっていた。しかも決めポーズまでしている。
「着替えているところは見れましたか?」
「いや、何も」
「それはよかったです。実は一瞬だけ裸になってしまうので」
「裸って……」
「その様子だと、私が久しぶりに噛まずに言えた決め台詞も聞き取れませんでしたでしょ?」
「そんなの言ってたのか」
「どうです? これが怪人が変身中に攻撃してこない理由ですよ! まあ、本家の変身スピードはこれよりももっと速いわけですが」
「すげぇな、本家」
それはもう光速並みと言ってもいいのではないだろうか。確か偉い人の何だか理論によって、その際にはとてつもないエネルギーが発生するはずである。
「そうです! そのエネルギーを使って、敵を倒しているわけですね!」
「随分と科学的な設定だな! というか、怪人がかわいそうだ!」
オーバーキルどころの話ではない。
「ちなみに私はそのエネルギーを、パジャマを光らせるために使ってますけどね」
「何たるエネルギーの無駄使い!」
もっといい利用方法があるはずだ。パジャマを光らせる前に、もっと光らせるべきものがあると思うのだが。
「ふぁーあ。遊んでたら眠くなっちゃいました」
セラは口に手を当ててあくびをする。
「寝るにはまだ早いですが、歯磨きして布団に入るとしましょうかね」
「まさか、その格好で寝るのか!?」
「いえいえ、ちゃんとパジャマモードにしてから寝ますよ! それがどうかしたんですか?」
「モードの話じゃなくて、その……光り過ぎないのかなって」
もしかしなくても、そのパジャマは街一つ分以上のエネルギーを蓄えている。そんなものを光らせたら、寝るどころではないだろう。
「スケヒトさんったら、何を言っているんですか」
「は?」
「パジャマは光ってなんぼでしょ!」
声高らかに言うセラを見て、これ以上は考えずにもう寝よう、そう思った。
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