なんですか、イベントですか?③

 突然の転校生発表にクラスはざわめき立った。金曜日にはそんな話なかったぞと男子生徒。どんな子だろうねーと女子生徒。皆がそれぞれしゃべり始める。


「転校生だってよ、おい!」


 前の席に座る羽田はねだがこちらを向いてきた。こういう行事的なものを好む羽田は少々ばかり興奮している。


「……そうらしいな」


 スケヒトは平静をよそおった。

 どうしよう、さっきから手汗が止まらない。セラがどんな自己紹介をするのか、事前に検閲しとくべきだった。まさかとは思うが、コスプレで入ってくるなんてことはないだろうな。


「ん? 大丈夫か、顔色悪いぞ」


「あ、ああ」


 ポケットからハンカチを出し、額の汗を拭う。そんなスケヒトを見て、羽田は不思議そうに首をかしげた。

 こんなときだけ鋭い観察眼を発揮しないでいただきたい。


「はいはーい、静かにー」


 そう言いながら山田教諭が手を叩いた。クラスの視線が担任に集まる。後ろを向いていた羽田も体勢をもとに戻した。


「それじゃあ、入って来てくれ」


 山田担任が教室の外に呼びかける。クラスの注目が教室の入り口に集まった。


「しっ、失礼します!」


 入り口で緊張した様子の少女が一礼する。ぎこちなく歩いて、教壇の横に立った。

 腰まで伸びた黒髪、きらりと光る銀の瞳、可愛らしい桃色の唇。紛れもない美少女の登場にクラスの雰囲気が一変する。


「では自己紹介をよろしく」


 そう言われ少女は教壇に立つ。一息吸ってから、透き通った声で話し始めた。


「初めまして、朝霧セラと申します!」


 それを聞いてスケヒトは目を見開いた。


「朝霧?」


 驚きのあまり思わずつぶやいてしまった。

 別に朝霧の名字を名乗る必要はないはず。一体セラは何を考えているのだろうか。

 スケヒトは胸騒ぎがした。同時にクラスも騒ぎ始める。


「趣味は読書とゲーム。特技は狙った食玩しょくがんを引ける事です!」


 もうしゃべるなという眼差しでセラを見つめるも、セラはウインクを返すのみ。逆にそのウインクがクラスの注目の的となる。


「おいおい、どういうことだ」


 羽田がこちらを向いてくる。どういうことか、それはスケヒトのほうが聞きたかった。

 セラは何故かもじもじして続ける。嫌な予感がしたスケヒトは急いで席から立ち、教壇へと向かった。


「実は……スケヒトさんの許嫁いいなずけだったりしてってええっ!? なっ、なんですかスケヒトさん!?」


 セラはスケヒトに腕を掴まれ驚く。本当に驚いているのはこっちのほうだ。


「う、嘘だからな! 皆、信じるなよー!」


 そう全力で否定しながらセラを廊下へ連れ出した。


「おい、どんな自己紹介してんだ!」


「いやぁ、こうしといたほうが後々いいかなって」


「はぁ!?」


 許嫁とか言われるよりだったら、コスプレのほうがマシだったかもしれない。いや、全然マシである。

 焦るスケヒトにセラはさとすように言う。


「いいですか、私はスケヒトさんと学校でもずっと一緒にいるわけです」


「ああ」


 残火人のこりびとはいつ襲ってくるか分からない。だからセラも学校に来たのだ。それは理解できる。


「考えてもみてください。転校生が初日からスケヒトさんとずっと一緒にいれると思いますか?」


「それは……」


「こうでもしないと、転校生と在校生が初日から一緒にいれないのですよ!」


 転校生と在校生が初日から行動を共にする、しかも四六時中ずっと。セラが男子ならまだ分かるが、女子となると確かに不自然ではある。確かにそうなのだが、


「だったら許嫁じゃなくても、従姉妹いとことか他のでいいじゃん!」


 親戚ということにすれば、別に初日から一緒にいても問題はない。


「うっ!」


「そうそう、なじみにしてた自己紹介でもいいじゃないか。許嫁よりはマシだと思うぞ」


「ううっ!」


「なじみはその自己紹介を信じているわけだし」


「うううっ!」


「自己紹介にズレがあったらおかしいと思わないか」


「ううううっ!」


 昨日も見たようなやり取り。この反応からしてセラは何かたくらんでいたに違いない。どうせギャルゲー的ステータスが欲しかったとかだろうが。


「どうして許嫁にこだわる。怒らないから正直に言ってみ」


「ステータスが……ギャルゲ的ステータスが欲しかったんですぅぅぅ!」


 地面に手をついてうなだれるセラ。やはりそうだったか。


「いいか、昨日のやつでいい。信じてもらえなくてもいい。だからいまからでも訂正ていせいするんだ。分かったな」


「……はい」


 セラの両肩に手を置き説得する。許嫁がいると思われるよりはこっちのほうがいい。


「おーい、早く戻ってこーい、二人ともー」


 後ろから声がした。見ると山田担任が呼びに来ている。


「あの冗談は先生も信じていないから、早く教室に戻りなさい」


 すみませんと返事をし、二人で教室に戻る。


「いいか、昨日のやつに訂正するんだぞ」


 と最後に念を押して別れた。

 再び教壇に立ったセラは、こほんと咳ばらいを一つして話し始める。


「えー、先程のは冗談でして、いまからが本当のことです。実は……ジャングルの奥地でスケヒトさんのご両親に拾われ――」


 山田教諭のほうを見ると、腕組みをして聞いていた。目をつむり、険しい表情になっている。

 許嫁の後のこれだ。また冗談だと思われているのだろうか。もしそうだったら、セラは間違いなく怒られるだろう。


「――ということで、よろしくお願いします!」


 セラの自己紹介が終わった。険しい表情の山田担任が目を開ける。

 やはり信じてもらえないか。


「そういうわけで、セラ君は大変な目に遭ってここにいる。朝霧両親のことだから本当なのだろう。だから皆、仲良くしてあげるように」


「……」


 この結果を見て、両親に対する認識を改めねばと思った。

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