なんですか、イベントですか?④
ホームルーム終了のチャイムが鳴って、山田担任は教室から出て行く。それと共に生徒たちも動き出した。
「ねえねえ、好きなアイドルとかいるー?」
「アイドルですか、そうですね――」
隣に座るセラの周りには女子生徒が多数集まっていた。彼女たちはセラの机を取り囲むようにして色々と質問をしている。セラは楽しそうに笑いながら、質問に答えていた。
「――おいスケヒト、聞いてんのか! お前ばっかりずりーぞ!」
一方、スケヒトも男子生徒に囲まれていた。
「
「あんな美少女と同じ屋根の下とは、この変態が!」
隣のお茶会のような雰囲気とは一変、こちらでは会話という名の糾弾が行われている。スケヒトは愛想笑いをしながら、事態の収拾に努めていた。
「まあまあ、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるかぁ!」
男子生徒Aに胸ぐらを掴まれ、前後に振られる。火に油を注いでしまった。一刻も早くなじみのところへ行きたいのだが、これでは動くことができない。
「悲しいことだがしょうがない。シスコン連盟からの除名処分を言い渡す」
眼鏡をずいっと上げ、令状を差し出してくる男子B。
よく見ると、彼はワイシャツの下に『妹LOVE!』と印刷されたティーシャツを着ていた。ちなみに言っておくが、シスコン連盟などに入った覚えはこれっぽちもない。
「幼馴染愛好会からも追放とする! うらやましいなぁ、ちくしょう!」
泣きながらしわくちゃの紙を突きつける男子C。
彼がこんな性癖を持っていたとは知らなかった。言うまでもないが、この組織にも加盟した覚えはない。
「分かった、分かったから! 一旦落ち着けって!」
一応そう叫んでみるも、やはり誰も耳を貸してくれない。逆に事態は悪くなる一方だ。男子生徒たちはスケヒトを押しつぶす勢いで迫ってきている。
「くそっ、どうすれば……」
スケヒトが途方に暮れかけたそのとき、
「こっちだ、こっち」
という声が机の下から聞こえてきた。見るとそこには、こんがりと焼けた肌の少年がいる。
「はっ、
「しぃー! 黙ってこっち来い」
思わぬ救世主の登場に思わず叫んでしまった。
羽田は口に人差し指を当てながら、スケヒトを机の下に招く。
「いいか、よく聞け」
スケヒトが机の下に潜ると、そこでは羽田が待っていた。羽田は四つん這いになり頭だけを机の下に入れている。
「この混雑で、やつらはまだお前がいなくなったことに気づいてない」
上を指さす羽田。上ではスケヒトがいなくなったにも関わらず、いまだに糾弾が続いていた。
「この場は何とかしてやるから、俺をくぐってここから逃げろ」
羽田は笑いながら親指を立ててグッドのポーズをする。スケヒトにはその笑顔が太陽よりも眩しく見えた。
「その代わり、天月さんにちゃんと渡してこいよ! 話はそれからだ」
「いやしかし……」
それでは羽田に迷惑がかかってしまう。変に味方すると彼も裁かれかねない。
「いいから行けって! 俺のことは心配すんな、多分死にゃしねえから」
羽田は懸命に逃走経路を確保してくれている。ここで逃げなければ彼の努力は無駄になってしまうだろう。
「……分かった! ありがとな、羽田。絶対に死ぬんじゃねえぞ!」
「おうよ!」
スケヒトは急いで机横の鞄から包みを出す。なじみへのプレゼントをしっかりと持ち、男子からの圧力に耐えている少年の下をくぐった。
「羽田、お前の死は決して無駄にしないぞ」
人だかりの外に出て、隠れながら教室のドアを目指す。こんなことではセラの護衛もあったもんじゃない。
「もう少しで、外に出れる……」
さっき教壇の後ろを通過したから、後はこのまま進むだけだ。頼む、見つからないでくれ!
「スケヒトさん、何してるんですか?」
「ひっ!」
前方の机の下からセラが出現した。思ってもみない場所からの出現に、スケヒトは危うく絶叫しかける。
「お化け屋敷じゃないんだから、驚かせるなよな」
スケヒトは小声でセラに言う。
「すみません」
「何してるって、男子どもから逃げてきたんだよ。それより、そっちは?」
セラのほうはいたって平和だったはず。それなのに何故、自分と同じ体勢で教室を這っているのだろう。
「スケヒトさんあるところに私ありです!」
にっこりと笑いながら敬礼するセラ。
「で、本心は?」
自己紹介の件もあって、スケヒトは疑り深くなっていた。
「警察に捕まりそうになった怪盗が、機動隊の足元をくぐって脱出するってやつをやりたかったんです。人に囲まれるなんてことは、いままでなかったもので」
「そんなこったろうと思った」
張り切って本懐を語るセラをおいて、スケヒトは先に進む。
「さっ、さっきのも本当ですからね!」
後ろではセラが必死になって弁明していた。
「なあ、どうやって脱出したんだよ」
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。羽田の力を借りなければ、男子の群れからは出られなかった。だったらセラはどうやって女子たちから逃げたのだろう。
「とある人に助けてもらったんです。その方は四つん這いになって脱出経路を作ってくれました」
「誰がそんなことを?」
羽田のようなやつが女子にもいたとは驚きだ。
「名前は分かりませんが、男性でしたよ」
「え、男!?」
驚きのあまり、後ろのセラを見てしまった。
女子の足元に潜り、セラを助けた男子とは一体誰だろう。セラにとっては勇者だが、女子にとってはただの変態だ。ただでは済むまい。
「色黒で、鼻筋に
「……」
無事、教室の入り口に到着。スケヒトは無言で立ち上がる。
「少し汚れちゃいました」
遅れて立ち上がったセラは、スカートのゴミをほろう。そんなセラに向かってスケヒトは言った。
「教室の中を向いて、手を合わせるんだ」
「……?」
「合掌っ!」
羽田が本当に死んでいないか、とても心配になった。
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