初めまして、戦う家政婦です!⑤

「いいですか。事態は一週間前から始まっていたのです。思い出してください。一週間前、何かおかしなことはありませんでしたか?」


「一週間前って言われてもなあ……」


 三日前の夕飯すらうろ覚えなのに、一週間前となるとほとんど記憶がない。しかし、スケヒトはカレンダーを見てはっと気づいた。

 一週間前は土曜日で、まだ家族全員が家にいた。ところが調査資金の出資者が急に現れたとかで、考古学馬鹿の両親はその日のうちに海外へ飛んで行ったのだ。なんでも莫大な金額らしく、世界中を掘ってくると言って張り切っていた。


「思い出したようですね。そうです、ご両親に出資の話が持ち上がったことです」


「確かに胡散臭うさんくさい話だとは思っていたけど」


「何を隠そう、その出資者たる存在こそが、私の所属する『輪廻転生管理局』なのです! 我々は関係のない一般人、つまりはスケヒトさんのご両親をこの件から遠ざけるために金を積んだというわけですよ。ここまでは理解できましたか?」


「まあ、なんとか」


「それでは、いま何が起こっているかの説明に入りますね。ところでスケヒトさん、輪廻転生って知っていますか?」


 輪廻転生は数年前からアニメや小説でメジャーな題材となっている。だからと言うわけではないが、表面的な知識くらいは持っていた。


「死んだら生まれ変わるってやつで、あってるか?」


「大雑把に言えばそうです。近頃は異世界転生ってのが有名ですよね。実はあれ、全て組織のプロモーションだったりするんですよ」


「ちょーっと待ってくれ! まさか、慎重すぎるやつとか、スマホと一緒にとか、幼女になっちゃうとか、スライムだったりとか、何故か剣だったりとかもか!?」


「あとは、サポート役の女神がダメダメなやつとか、蜘蛛になるやつとか……その他色々ありますね。ちなみに、慎重すぎるやつは違います」


「それにしても、マジかよ……」


 もしセラが言ったことが本当だとするなら、その宣伝は大成功と言えるだろう。いや、成功しすぎて逆に宣伝になっていないか。どうであれ信じがたい事実だ。


「で、その輪廻転生管理局ってのは、一体どんな組織なんだ?」


「『輪廻転生管理局』はその名の通り、輪廻転生を管理する組織です。来世への引継ぎが正常に行われているかの監視、残火人のこりびとの浄化、今回のように残火人から現世の人間を守るなどが主な活動ですかね」


 そういえば、さっきも残火人の分身がとか言っていた。自分を追いかけてきたあの女が残火人に関係があるってのは流れ的に理解できるが、くわしくはどのようなものなのだろうか。


「その、さっきから言ってる残火人って?」


「残火人、簡単に言えばバグです。いくら我々が管理していようとも、ミスは必ず起こるもの。転生を何度も繰り返すうちに、前世の人格が残ってしまうことがあるのです。消えたはずの命がまるで残り火のように残っている存在、それが残火人です」


 前世の人格が残っている存在、か。だとしても、それだけで人を襲うだろうか。たとえ前世で因縁があったとしても、理性的に考えて行動は起こさないはずだ。


「その残火人ってのは分かった。でもさ、前世の人格があるってだけで人に危害を加えるか、普通?」


「普通ならそんなことはしません。放っておいても勝手に浄化されるので無害です。ですが、今回のように前世側の思念しねんが強いタイプは、前世が現世の人間の体を乗っ取ったり、先程のような分身を出せたりと、様々なことができるのが特徴でして」


「だから襲えたってわけか」


「はい。しかも今回は特殊なことに、現世のほうに自覚がないのです。簡単に言うと、ってことです。それだけでも危険なのに……自覚がありさえすればよかったのですが、その……」


 ここまで首尾よく説明してきたセラだったのだが、一変して言葉に詰まってしまう。そして、決まりが悪そうにこう言った。


「実はまだ、誰が残火人か特定できていないのです。スケヒトさんが狙われていることは確かなのですが。だからまあ、私が戦闘員として派遣されたわけなんですけどね」


 犯人はまだ不明。しかし、あちらはこちらを知っているわけで、そうなるといつ襲撃されてもおかしくない。それは結構危機的な状況じゃないか。

 そんなことを知らず、横ではきゃっきゃと言いながら千代ちよがセバスチャンと遊んでいた。


「狙われているのは俺だけ、なんだろう?」


「はい」


「じゃあどうして、ここに千代も残っているんだ?」


 関係のない一般人を遠ざけた、とセラは言った。そして、話を聞くに関係者はスケヒトだけのはず。しかし現に千代は残っている。そのことから導かれる答えは一つだけ。


「まさか……千代も関係あるって言うのか」


「その通りです」


 事態は思っていたよりも深刻らしい。妹も関わっているとなれば、危機レベルは限界を超えて十段階中の百にまで上げねばならない。


「ですが安心してください! 私、こう見えても強いんですから!」


 険しい表情をするスケヒトを見て、セラが明るく振る舞う。絆創膏ばんそうこうだらけの右手で、左腕の力こぶを叩きながらそう言う姿は、とても健気けなげなのだが、


「傷だらけの両手で言われても、なんだかしっくりこないなぁ」


 どうにも締まらなかった。

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