嫌いですね、シリアス展開は!②

「ずいぶん遠いですね、千代ちよちゃんの小学校」 


「まあ、スクールバスで行くくらいだからな」


 現在、スケヒトとセラの二人は山道を登っていた。


「どうしてまあ、こんな辺鄙へんぴなところに建てたんですかねえ」


「辺鄙とか言うな。まあ、子供は自然豊かな場所で学ぶべしってことらしい。あとは創立者がこの山の所有者ってことも関係しているとか何とか」


「自然、ですか。昆虫が苦手な私には少々きつい教育ですね……」


 千代の通う小学校は山の中腹にある。どうして小学校に向かっているかというと、それはセバスチャンを回収するためだ。


残火人のこりびとが特定されたとはいえ、千代の警護をなくすなんて」


「心配ですか?」


「正直なところは」


輪廻刀りんねとうを奪われたいま、味方は多いほうがいいですからね。まあ、こうなってしまったのも私のミスなんですが。本当にすみません」


 謝ってほしくて言ったわけではなかったが、セラにはそんな風に聞こえてしまったらしい。落ち込むセラを見て、スケヒトは急いで訂正する。


「そのことはもういいんだ。いまは対策を考えよう」


「……はい」


 場の空気が重くなってしまった。ここはどうにか明るくしなければ。


「千代の一番好きなカレー、知りたい?」


「はい?」


 スケヒトの突拍子もない発言にセラは首をかしげる。対策の話ではなくカレーの話をされてはこうなるのも仕方ない。


「あ、いや、これは雑談だと思って聞いてほしいんだけど」


「雑談ならさっきからしていると思うのですが……」


「まあまあ」


 痛いところを突かないでほしい。


「千代の好きなカレー、家政婦さんなら知りたいかなって思ってさ」


「ほう。そう言うことでしたら、是非ともご教授いただきたいですね」


 スケヒトは歩きながら中学時代を思い出す。


「中学校のころ、俺はよくなじみに料理を教えていたんだ」


「え、なじみさんにですか?」


「知らないだろうが、あいつも料理下手だったんだぜ」


 卵を割れないところなんて、いまのセラとそっくりだ。不器用な包丁さばきも、絆創膏ばんそうこうだらけの両手も。


「いまでは肉じゃがを作れるが、昔はそんなもの夢のまた夢。何にも作れなかった」


「そうだったんですか。それは信じられませんね」


 それを聞いてセラは驚く。あの肉じゃがを食べたあとでは驚くのも無理はない。スケヒト自身も驚いたのだから。


「ある日、なじみがいつものごとく失敗料理を持ってきたんだ。野菜スープだったんだが、ものすごく甘くて食べれたものじゃなかった」


「まさか、塩と砂糖を間違えるというベタなやつですか?」


「いや、砂糖とハチミツを加えてスープにアレンジをしてみたって言ってたな」


 料理初心者の失敗で一番多い事例、それはアレンジを加えることだ。その典型になじみも当てはまっていた。


「甘くすれば何でもおいしくなると思っていたらしい。いつもなら頑張って食べるんだが、その日のやつだけはどうも食べれなくて」


「どうなったのですか?」


「喧嘩になった。どうして食べてくれないのって強く言われてさ、そこから」


 アレンジをすることに対する呆れと、失敗料理をいつも持ってくることに対する我慢の限界。それが爆発してしまった。


「それでそのあとは?」


「なじみが帰ったあとで千代に怒られた。千代に怒られてなじみを傷つけてしまったことに気づかされたよ」


 なじみはいつも笑顔で料理を持ってきていた。毎回手に傷を増やしながら一生懸命作ってくれていた。いま思えば、千代が怒こったのも当然だ。


「と、ここでカレーの話になる」


「……?」


 きょとんとするセラ。話の流れが理解できていないようだ。


「仲直りのためにカレーを作ったんだよ。なじみの野菜スープをベースにしてな」


 なじみの料理を殺さないようにスパイスを調合するのはとても大変だった、とスケヒトは懐かしむ。


「三人で食べたあのカレー、千代の一番好きなカレーはそれなんだ」


「そうなんですか。それはとてもいいお話ですね」


 スケヒトの隣りでほっこりとセラが笑う。

 どうやら元気になってくれたみたいだ。


「この間に小学校に到着してくれれば、もっといいお話だったのですが……」


「そういうこと言っちゃう!?」


「あははっ、冗談ですよ!」


「話の雰囲気が台無しだ……」


 セラを元気づける代償は、とても大きかった。

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