吊り橋効果、マジすごいです!⑤
「はあっ、はあっ……」
スケヒトの頬すれすれに
「何故だ……どうしてこいつを殺せないのだ!」
そう言って膝から崩れ落ち、地面にへたり込む。支えを失った輪廻刀も地面に倒れた。
「私は、ただこいつに……」
瓦礫に埋もれたスケヒトの目の前で、残火人はうなだれる。その姿を見て、スケヒトは言った。
「教えてくれないか。……俺は何故、あなたを斬ったりしたんだ」
このことはセラにも聞いていない。聞けるタイミングならいくらでもあったが、あえて聞かなかったのだ。セラも自分から話そうとはしなかった。
「あなたのような少女を、どうして!」
黒い女のことを、セラは残火人の分身だと言っていた。そしてもう一つ、今回は前世の人格を残火人と呼ぶことにするとも言っていた。ややこしい話だが、黒い女がなじみに似ていない以上、黒い女はなじみの前世の分身と言うことになる。
「
言葉が途切れ途切れになりつつも、精いっぱい話す。瓦礫に押しつぶされている上に出血もしているせいで、意識が
「もう喋るな!」
残火人がそう叫ぶ。
「……本当に、死んでしまうぞ」
ゆっくりと上げた顔は、いまにも泣きそうだった。うるんだ瞳に見つめられ、こんな状況でもスケヒトはどきりとしてしまう。
「私の家族は妹ただ一人だった」
スケヒトの上に乗った瓦礫をどかしながら、残火人は語り始める。
「早くに父と母を亡くした私たちは、二人寄り添うようにして生活していた」
残火人はなじみの声でゆっくりと語る。
「私が稼いで妹が家を護る。貧乏ではあったけど、妹と一緒なら毎日が楽しかった」
けどと言って、声のトーンを落として話す。
「しかしそんな生活はいつまでも続かない。財政を補うために幕府が薬屋から薬を買い占め、高値で売るようになったのだ」
瓦礫をどける手を止めて、残火人はつらそうに言う。
「そのせいで妹は十分に薬が飲めず、失明してしまった。妹が苦しんでいるのに何もできない自分が憎くかった」
残火人は妹を残して死んだ。病弱で、目が見えない妹をたった一人残して。残された妹はそれからどうしたのだろう。頼れる姉がいなくなり、薬も買えずに後を追うようにして死んでしまったのだろうか。
スケヒトはやっと『死ぬわけにはいかなかった』という言葉の意味を理解する。
「だから、妹のために幕府を潰そうと決心したのだ。幸いなことに幕府を潰そうと考える者は多く、倒幕隊もすぐに結成できた。父が遺した刀を差し、男のふりをして隊の指揮をとる。妹のためなら何だってできた。もう少しで幕府を倒せるところまで行けた」
誇らしそうに、けれど寂しそうに語りながら、残火人は再び瓦礫をどかし始める。
「しかし、あと一歩のところでお前に――『
「それが、俺があなたを斬った理由か」
「そうだ」
だから自分を殺した相手が憎くて、そんな相手に殺された自分も憎いのか。
「ほら、もう動けるだろう」
瓦礫を全てどかし、残火人は言う。
「私はお前を殺せない。殺したくても、もう無理だ」
起き上がって、スケヒトは残火人と向かい合って座る。
なじみは――残火人は泣いていた。
「お前は優しすぎる。死にたくないくせに、お前を殺そうとした私を助けた。そんなことをされたら……殺せないではないか」
泣きながら、残火人が倒れている輪廻刀を手に取った。そして、よろよろと立ち上がる。
「だからいっそのこと、この刀で私を消してくれ」
「っ!」
そう言った残火人は微笑んでいた。顔をぐちゃぐちゃにしながら、それでも最期に見栄を張るように笑う。
「こうして現世に蘇ることができたのは、お前を殺すためじゃなくて、気持ちに踏ん切りをつけるためだったのかもしれない」
残火人が刀の先端部を持って、輪廻刀を差し出してきた。
「そうだったのなら、もうそれは済んだ。怪我をさせてしまってすまなかったな」
立ち上がって、輪廻刀の柄を持つ。残火人が輪廻刀から手を離した。
「さあ、一思いに消してくれ」
その言葉を聞き、そして――輪廻刀を腹に突き刺した。
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