どうします、やっちゃいます?⑥

「んで? ここどこなのよ?」


 スケヒトが操作するセラのスマホをなじみがのぞき込む。


「それが……ロックのせいで開けないんだよね」


 インターネット検索をする以前にホームへ入れない。どうやら残火人のこりびとのときのなじみが何度も開けようとしたらしく、緊急用ボタン以外は操作できないようになっていた。


「そもそもの話、なんで私がこんな場所にいるわけ? 知らないうちにべとべとになってるしさ」


 屋上のへりに片足を乗せ、下界を眺めながらなじみは言う。


「それは……」


 これまでの経緯を全て話したとしても、信じてはもらえないだろう。黒い女が襲撃してきたときのなじみは本来のなじみではなかったし、今日いままでのなじみもなじみではなかった。超自然的なことを信じるに値する経験を、現在のなじみは持ち合わせていない。


「聞くけどさ、変な夢見なかった?」


「夢?」


 夢と言われて、景色を見ていたなじみが振り向く。


「何でもいい、何か見なかったか? それがこの状況を説明するのに手っ取り早い方法なんだけど」


「私が夢遊病だとでも言いたいわけ?」


「……うん、まあ」


 この状況を説明するのは諦めた。なじみには申し訳ないが夢遊病ということにさせてもらう。それよりも、いまはなじみがなじみである間に前世の人格について聞いておきたい。


「夢、ねえ……」


 あごに手を当て、虚空を眺めながら考えるなじみ。スケヒトはそれを期待の眼差しで見つめる。


「うーん」


「頼む! 思い出してくれ!」


 思い出してもらわなければ困る。そうじゃなきゃ、どうして自分が前世で人を斬ったのか、斬られた本人に聞くしかなくなってしまう。


「……駄目ね」


 スケヒトの願いむなしく、しばらくしてなじみはそう言った。


「見ていたような気もするけれど、忘れちゃったわ」


「マジか……」


 そのことが夢だと思いたい。

 肩を落とすスケヒトを見てなじみは言う。


「それよりもさ、私が夢遊病だってんならどうしてあんたもここにいるわけ?」


「うっ!」


「それに、あんたんちの家政婦さんの携帯を私が持ってるって、どうして知っていたのか是非とも聞きたいものだわ」


「ううっ!」


 なじみから繰り出される強烈な攻撃。痛いところを全てつかれて、スケヒトは何も言うことができない。


「その反応、何か知っているみたいね」


「いや、そんなことは!」


 どうしよう。参考にしたくはないが、こんなときセラならばどうやって煙に巻くのだろうか。


「……なじみ、頼みがある」


「な、何よ」


 セラのように瞬時にホラを吹くことは不可能だ。だったらここは誠実さで勝負するしかない。


「帰ったら絶対に全部話す。だからいまは置いといてくれないか」


 なじみは目を細めてスケヒトを見つめる。しばらくしてから口を開いた。


「……喫茶店のケーキ」


「ん?」


「喫茶店のケーキ一週間分で手を打とうじゃないの」


「えっ、そんなに食うのか!?」


 言われて、なじみはぎろりとスケヒトを睨む。


「何か文句でも?」


「いえいえ!」


 スケヒトは急いで首を縦に振った。

 交渉の主導権はなじみにあるのだ、ここは黙って従うしかない。


「そうと決まれば、いまはここから出ることが最優先ね。見たところによると街までそう遠くはないはずだから」


 なじみはそう言いながら出口へと歩き出す。


「た、助かった……」


 額の汗を拭ってから、スケヒトはなじみの後を追う。

 一応ではあるがこの状況をなじみが納得してくれたのだ。スクワットもいつ襲撃してくるか分からないし、ここに留まっている理由はもうない。


「ねえ、私たち……いまからここを帰るわけ?」


 錆びたドアの向こうを見て、先に出口に着いたなじみは呟く。屋上に繋がるドアはボロボロで、その機能を果たしていない。


「うわっ」


 なじみと同じくドアの向こうを見てスケヒトも驚いた。


「なんつー場所に連れて来てくれたんだよ……」


 ポケットの中のセバスチャンに向けてスケヒトは言った。

目の前に広がるのは、心霊スポットさながらの光景。下へと続く階段には亀裂が入り、壁にはたくさんの染みがある。こんな場所を進んでいくと思うと、いまから背筋が凍るようだった。


「やっぱり、ケーキは一ヶ月分に変更ね」


「はっ!?」


 こっちはこっちで背筋が凍った。

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