ルート分岐、そりゃもう一択!⑤

「はぁー、疲れた」


 そう言って、セラと黒い女の戦いを見ていたなじみは椅子に座る。残っていたケーキには手を付けず、すぐに帰り支度じたくを始めた。


「バイトの後に変なもの見たせいで、余計に疲れたわ」


「もう帰るのか?」


「あの子が外にいるうちに帰ったほうが安全でしょ」


 なじみがあごで外を示す。外ではセラが携帯機器を使って輪廻刀りんねとうを異空間にしまっていた。


「それに、いつまたあの黒いのが来るか分かったものじゃないもの」


「そっか。……今日は変なことに巻き込んですまなかった」


「ん。そんじゃ残りのケーキは食べといて」


 なじみは足早に玄関へと向かう。やはり恐かったのだろう、なじみでなくとも早く家に帰りたい気持ちは十分に分かった。


「あっ、ちょっと待って」


 なじみが扉に手をかけたとき、スケヒトはなじみに渡すものがあったことを思い出した。

 本当は昨日渡すはずだったのだが、残火人のこりびとの分身に襲われたせいで渡し損ねたのだ。


「明日にしてよ。どうせ明日も学校で会えるんだし」


「えっ……」


 スケヒトのほうに振り向くこともせず、なじみは扉を開ける。呆気あっけにとられるスケヒトを残し、そのまま帰ってしまった。


「悪いことしちゃったな……」


 今回の分身は殺気に満ちていた。しかも指まで変化させて襲ってきたのだ。ただでさえ見た目が恐ろしいのに、今日みたいな様子だとさらに恐い。

 何も知らなかったなじみはもっと恐かっただろう。


「――ただいまです」


 なじみが出て行ってから少しして、セラが帰ってきた。


「おかえり。怪我はなかったか?」


「はい、大丈夫です!」


 敬礼しながらそう言うセラ。怪我がないのなら一安心だ。


「それより、なじみさんどうしちゃったんですか? 急いで帰っていきましたけど」


「さっきの戦いが恐かったみたい」


「そうですか……もう少しお話ししたかったです」


 セラは少し落ち込みながら入ってくる。どうやらなじみのことが気に入ったらしい。


「また明日会えるさ。クラスは別だけど学校は一緒だし」


「そうなんですか! じゃあ、またお話しできるんですね。楽しみです!」


 明日も会えると聞いてうれしくなったのだろう、セラは鼻歌を歌いながら靴をそろえる。


「予想はしてたけど、本当に家がバレてるとはなあ」


 リビングに戻り、カーテンを閉めながらスケヒトは言った。

 家がバレているのでは逃げ隠れすることもできない。もし今日のように誰か、特に妹がいるときに襲ってこられたらと思うと不安になる。


「なじみを巻き込んじゃったけど、大丈夫か?」


 関係のない一般人を巻き込まないために両親を遠ざけた、そうセラは言っていた。しかし、今日その一般人を巻き込んでしまっている。


「ご安心ください。輪廻転生管理局が何とかしてくれます。きっと記憶操作でもするはずですので」


「記憶操作って……」


「ですから、なじみさんが戦闘のことを覚えていなくても驚かないでくださいね」


 輪廻転生管理局、そんなことまでできるのか。頼もしいというより、逆に恐ろしく感じる。てっきり輪廻転生を管理するだけの組織だと思っていた。


「ほんと、何なんだよその組織……」


 リビングの明かりをつけにいったセラを見て、スケヒトは独りちる。管理局だけは敵に回してはいけない、そう思った。


「スケヒトさん! 今日の夕飯は何を作りましょうか?」


 部屋が明るくなったところで、セラがスケヒトに問う。見ると時刻は午後六時になる少し前だった。


「もうこんな時間!?」


「私、お腹すいちゃいました」


 ぐぎぅーとうなる腹をセラはさする。さっきまでケーキと肉じゃがを食べていたと思うのだが……。


「燃費が悪くてすみません……」


 セラは頭をかきながら照れた。


「いいよ別に。俺のために戦ってくれたんだし」


 燃費が悪かろうと、文句だけは言うまい。その身を張ってまもってくれたのだ、たくさん食べてもらって結構。


千代ちよも帰ってくるころだろうし、何がいいかな。なじみの肉じゃがをメインにするとして……」


「私、きんぴらごぼうと卵焼きを食べてみたいです!」


「んー、肉じゃがに合わないってことはないか」


 このメニューだと、明日の弁当のおかずにもなる。それにセラが食べたいというのだ、作ってあげよう。


「じゃあ、それにしようか」


「やりました!」


「卵はちゃんと割れるよな?」


「はい! 十二分の一の確率でなら!」


「マジかよ……」


「家政婦としてお料理も頑張ります!」


 張り切るセラを見て、スケヒトは頭を抱える。セラがこれほど料理下手だったとは。まるで昔の幼馴染を見ているようだ。


「なじみじゃねえんだから……」


 あきれつつも、けれど少しだけ懐かしかった。

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