結の章

吊り橋効果、マジすごいです!①

「おい、あんま押すなって」


「あんたが歩くの遅いんでしょ!」


 小声で口喧嘩をしながら、なじみとスケヒトは廃墟の中を進んでいく。

 現在、屋上のすぐ下の階を歩いているところだ。


「にしても、何つーとこだよここは」


 窓ガラスは割れ、壁にはひびが入り、天井からは蛍光灯がぶら下がっている。極めつけはその部屋が植物のつるでいっぱいだという不気味さだ。


「なじみ、大丈夫か?」


 さっきからなじみが背中に引っ付いてくる。言葉では強がっているが、態度で恐がっているのがバレバレだ。


「お前、昔からお化け屋敷とか苦手だもんなー」


なじみは子ども会のお化け屋敷でさえ半泣きになるのだ。そんなやつがこんな場所にいたら、いつ失神してもおかしくはない。


「うっ、うっさい!」


「そんなに言うなら離れて歩けよな」


 スケヒトはわざとなじみに意地悪を言う。後ろではなじみが悔しがっていた。

 どうせ帰ったらケーキを大量に買わされるのだ。このくらい言ったってばちは当たらないだろう。


「さっきから歩きにくいったらありゃしないぜ」


「……何ですって?」


「ま、どうしても恐いってんならいいけどさ」


 歩きながら、スケヒトはやれやれと肩をすくめる。

 ここは大人の余裕を見せるのだ。完璧になじみをエスコートしたら、買うケーキの量が減るかもしれない。


「ふんっ! 自分だって足震えてるくせに」


「それは言うんじゃない!」


 せっかく隠していたのに、台無しじゃないか。


「馬鹿言ってないで早く歩きなさいよ馬鹿! さっきからすり足しかしてないじゃない」


「う……」


 一気に形勢が逆転してしまった。やはりなじみには敵わないらしい。

 スケヒトは渋々歩くスピードを速める。


「足元に気をつけろよ。お前、あんま見えないだろうから」


 床には瓦礫や太い植物のつるなどが這っている。ただでさえ障害物が多いのに、前が見えないなじみはさらに転倒しやすいだろう。


「ひゃうっ」


 言ってるうちからなじみがコケた。


「わっ! 押すな!」


 コケたなじみに後ろから押される。その拍子に床の亀裂につまづき、なじみともども転倒してしまった。


「いてて……」


 不幸中の幸い、転んだ痛みはあったが怪我をした様子はない。一緒に転んだなじみは大丈夫だろうか。


「ごめん……スケヒト」


 のっそりと体を起こし、女の子座りをするなじみ。


「お前、血が」


 見ると膝から血が出ていた。転んだ拍子に床に擦ってしまったらしい。


「ん? あ、ほんとだ」


 なじみは、やっちゃったなと言って頭をかく。


「急いで洗わないと、って無理か」


 ここは廃墟だ。変な色の水が入ったペットボトルならあるが、きれいな水はない。


「いいよ、ほっとけば」


「でも……」


 傷口を軽く払ってなじみは立ち上がる。早く行こうと言って、まだ立ち上がっていないスケヒトに手を伸ばしてきた。


「あっそうだ。ちょっと待って」


 本当はもっとちゃんとした状況で渡したかったのだが、しょうがない。いまここで使うのが正しい選択だろう。


「これ使ってくれよ。本当は二日前に渡すつもりだったんだけどさ」


「何、これ……」


「……プレゼントだよ」


 ほれ、とスケヒトは照れを隠すため不愛想にハンカチを差し出す。一瞬なじみは目を丸くしたが、すぐに


「ありがと」


 と言ってハンカチを受け取った。なじみは何故か急いで膝にハンカチを巻き始める。


「移転工事が終わって新しくオープンしたんだよ、あの劇場。それはそのオープン記念のハンカチ」


「……そうなんだ」


 照れ隠しでそっぽを向いているスケヒトは、なじみの耳が赤くなっていることに気がつかない。なじみもうつむいているため、スケヒトの顔が真っ赤なのに気づかない。


「……また、一緒に観に行こうな」


「っ!」


 その後、なじみがハンカチを巻き終えるまでに時間がかかった理由を、スケヒトは知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る