初めまして、戦う家政婦です!③

「兄ちゃん、お腹へったー」


 と、小学五年生の妹に言われ、時計を見たスケヒトは驚いた。

 午後八時すぎ、買い物に出かけてから二時間以上もたっている。千代ちよが腹を空かせるのもそのはずだ。


「ごめんごめん、いま作っから」


 少女の話を聞くのは夕飯中にもできるだろう。いまは妹のご飯を作らねば。


「ちょーっと待ってください!」


 スケヒトの目の前に立つ、セラと名乗った少女が右手で待ったをかける。


「お料理なら練習してきました。家政婦として、私に作らせてください!」


「んなこと言ったって……」


 セラの目はきらきらと輝き、スケヒトをまっすぐに見つめている。またもや、その表情にどきりとさせられてしまう。目を泳がし、ほおをかきながらセラに言う。


「その手じゃ、大変じゃないか?」


 正面に出されたその手にはいくつもの絆創膏ばんそうこうが張られていた。見ると、左手も同じような状態になっている。


「い、いえ、これは、その……」


 恥ずかしそうに右手を引っ込めて、優しく手をさすりながらセラは続ける。


「実を言いますと、私、料理とかしたことなくって。ずっと戦闘員としてやってきたものですから。今回のために練習してきたのですよ」


「俺たちのために?」


「はいっ!」


 セラは白い歯をのぞかせて笑った。眩しすぎて目がつぶれそうだ。困ったな、これじゃ断りづらい。


「じゃあ、さ。テーブル拭いたりしてくれないか。できた料理を運ぶとかさ」


 初対面のよく分からない少女に何を頼んでいるのだろう。もしかしたら、新手の変態かもしれんのに。


「分かりました! このセラにお任せください、ご主人様!」


「いや、普通にスケヒトでお願いしたい」


 もしかしなくても新手の変態だった。男の家に押しかけ、自ら使用人となる美少女など、世界中どこを探してもいないだろう。言ってしまえば、出会いからしておかしかったのだが。


「ねえ、お腹すいたー」


 千代がジャージを引っ張ってきた。少しだけ不機嫌になっている。


「あ、はいはい。今日はレトルトでいいか? 約束のカレーは後で作るからさ」


「ええー」


 楽しみにしていたカレーがレトルトとなり、さらに不機嫌になる千代。いや、レトルトもおいしいんだけどさ。妹曰く、中濃ソースをかけるなら手作りがいいらしい。すねてしまった妹を見て、セラはひざを折る。千代に目線を合わせてセラが言った。


「千代ちゃん、犬はお好きですか?」


「えーっとねー。カレーよりは好きくない」


 比べる対象がおかしいぞ、妹よ。


「カレーは出せませんが、ご飯ができるまで犬と遊びませんか?」


「うん、遊ぶー」


 変なことが起こりそうな予感。セラは名刺を出したほうとは反対のポケットから、携帯端末、一般的に言うスマートフォンを取り出した。アプリを操作して、すっくと立ちあがる。


「それじゃ、召喚するとしますか。いでよ、セバスチャン!」


 セラがかけ声とともに画面をタップ。すると次の瞬間、テーブルの上に光の柱が現れ、そこからチワワ程の大きさの犬が降りてきた。色はこげ茶で、まん丸い黒い瞳を持つ犬。そこまではごくごく普通なのだが、おかしなことにその犬には頭が二つあった。


「あれっ、おかしいですね。壊れてんのかなぁ。きちんと床の上に転送したはずなのですが」


 スマホを叩きながら、セラが首をかしげる。一方、千代のほうは犬に疑問を持つわけでもなくはしゃいでいた。

 もう考えるのはよそう。腹がへって、ツッコむ気すら起きなくなってきた。スケヒトはジト目になりながら犬を見る。


「ゲフッ」


 とてつもなく変な鳴き声だった。

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