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アウグスタが玄関の扉の向こうに消えてすぐ、小柄な人影が門を開けて庭に走りこんできた。一瞬追っ手かと思ったが、揺れるピンク色の髪が目に入ったレベッカは銃口を下げた。
「メイさん?」
メイはランスとレベッカの姿を認めると、不機嫌そうな顔で「ヘッポコ艦長に船から降ろされた」とだけ答え、家の中に入っていった。彼女は普段の白い厨房服ではなくダークグレーの軍服を纏っていた。ライフルを背負っていたが、どちらかといえば、ライフルが歩いているという方が正しい気がする。
「何だか面倒なことになりそうじゃね?」
「そうねえ……でも私たちには何もできないのよね」
二人は再び塀の陰に隠れた。音も立てずに舞い降りる雪は、先ほどより大きくなっている。ランスはアウグスタから借りたマフラーに顎を埋め、足踏みした。手足の先から冷えてくる。
「さみー」
「そう?」
「アジア人は寒さに強くないんだ。基礎体温が低いってステンさんが言ってた。メイさんもそうかな」
「ランスって、ハーフの割に目が茶色以外アジア人らしくないわよね」
「でも俺、背が低いし体格もそんなに良くない」
「身長はまだ伸びるんじゃない? そりゃブレンさんやニノさんみたいになるのは難しいかもしれないけど」
「期待だけはしとく。毎朝牛乳飲んでるし」
二人は、再び雪に覆われていく石像を見上げた。
ランスにしか聞こえない語り部の声は、途切れることなく、ランスには解する事ができない言葉で何かを語り続けている。シロタエによると、それは古い古い詩の形で紡がれた物語で、いつか誰かの耳に届くことを夢見る、語り部たちの言葉なのだという。
巡礼像がある位置は、帝国政府が所有する古びた地図に載っている。一体何十年前に作られた地図かは分からないが、おおよその位置はそのままだ。ランスはそれと、艦長とアストラが組んだ予定に従って巡礼しているのだが、今回のように位置が変わっていることも珍しくない。街の人が修復のために移動させていることもあるし、珍しいもの好きな金持ちが買い取ったりしているせいだ。
突然、家のほうからメイの金切り声が聞こえてきた。
「あちゃー」
「トラブルになると、ここにいられなくなるかもしれないわね。先に像を壊しておいたほうがいいのかしら」
「うーん」
『もう少し待ちなさい』
急にシロタエが割って入ってくるので、ランスは思わず肩をびくっとさせた。
「急に喋るなよ!」
『それなら、毎回もしもしって言わなきゃいけないのかしら?』
「電話じゃねえよ!」
「シロタエさん?」
レベッカは一人で喋っているランスを見て、可笑(おか)しそうに笑った。
『暇なら巡礼像の話を聞いておきなさい。ま、古代アルビオン語なんて念仏みたいなものでしょうけど』
「現代語でも分かんねーよ」
『あの赤毛の艦長か秘書にでも教われば?』
「そんな暇ねえだろ」
『そうね、あなたが習得するには何十年かかるか分からないわね』
「うるさいのがいなくなって清々したと思ったらこれだ!」
レベッカが、くすりと笑う。
「仲がいいのね、ランスとシロタエさん」
「良くねえ。任務の邪魔だ」
ふと、レベッカはもの寂しげな表情を浮かべた。彼女は時折、憂いを帯びた、大人びた横顔を見せることがある。その時だけは、短機関銃(サブマシンガン)をぶっ放している時の凶悪な笑顔が嘘のように思えるのだった。
「きっと、あなたを心配してるのよ。ランスだって、ほんとはそんなこと思ってないんでしょ?」
ランスは何も答えなかった。一度そう認めてしまうと、いつも誤魔化して蓋をしている寂しさを押さえつけられなくなりそうだからだ。
「ごめんなさい。言い方がきつかったかしら」
「いや、そんなことねえ」
レベッカは、ふっと笑った。
「私もランスに言えないか」
「なんで?」
大事そうに愛銃を抱えると、レベッカは靴で足元の雪を掻き分けた。
「母は私の仕事にずっと反対してるけど、いつも無視してるもの。メイさんとアウグスタさんのお父さんも、母と同じなんだと思うわ」
大きな家の玄関からメイとアウグスタが出てくるのが見えた。何か口論しているようにも見える。
「喧嘩かな」
「そうでもないんじゃないかしら」
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