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 ランスは真正面から艦長を見つめた。そんな曖昧な答えじゃ許せない。そんな下らない目的で、ジジイやアズサや村の人達が命を奪われたのでは、納得がいかなかった。もしかすると艦長を睨んでいるように見えたかもしれない。艦長は、浮かべていた笑顔をすっと消した。

「君は魔法についてよく知らないと思うが、もし魔法で人を生き返らせることができると言われたら、信じるかい?」

「いえ。そんなこと、できるはずがありません。そういう艦長は魔法のことをよく知ってるんですか?」

「君よりは知っているが、原理をうまく説明できるほど詳しくはない」

「なんで艦長はアルビオン訛りなんですか」

 彼は口元に笑みを浮かべた。

「よくアルビオンだと分かったね」

「帝都にいた頃、学校で習ってたから。ほとんど忘れましたけど」

「そうか、元老院議員の息子ならエリート校に通っていたんじゃないか? それなら普段から、せっかく習った綺麗な言葉遣いをしないとダメじゃないか」

「はぐらかさないでください」

 ここでいつものように逃げられては困る。ランスが執務机に両手をつくと、艦長はあの冷たい目でランスを見上げた。

「僕の出自は大した問題じゃない。跡継ぎが死んだから来いと言われただけだ。不本意だったけどね。おかげで年中残業三昧だし、どこに行っても寒いし、ジャガイモとキャベツばかり食べないといけなくなった。メイがいなきゃ絶望してたかもね」

 帝国と王国が国交断絶している中、そんなに簡単に亡命が出来るとは思えなかった。両国の間にある自由都市を経由すれば不可能ではないかもしれないが、出入国管理は厳格だ。もしかすると彼も、ランスのように牢屋に入れられたりしたのかもしれない。しかし彼は、それ以上を話すつもりはないようだったので、ランスは話を変えることにした。

「仇のことを教えてください」

 艦長は目を細めた。

「僕らは鮫と呼んでいる。あいつが使うコードネームだ」

「鮫は白桜刀の力で誰かを生き返らせたいんですか?」

「そのようだね」

 ランスの向こう側にある何かを見るようにして、艦長はいつもよりも低い、冷たい声で続けた。

「人は絶望を恐れるものだ。なぜなら自分の心が生み出すそれに耐えきれないから。だから、可能性がゼロだとはっきりわからない限り、希望に縋ってしまうものなんだろう。自分の願いを叶えるために他人の命も絶望も厭わなくなってしまったら、それ以上罪を重ねる前に、殺してやるのが慈悲だろうな」 

 思いがけない物騒な言葉にランスは驚いた。艦長はその表情を見て、少しだけ口調を和らげた。

「実際は法に触れるから殺せないがね。凶悪犯罪者は牢屋に放り込まないと。可哀想な奴なんだ。愛する人を失って感情の行き場がないんだ。かろうじて人の姿を保っているだけの、いわば怨念さ。だけど僕らも、いつか同じ闇に堕ちないとは言い切れない」

 ランスは、その抽象的な言い回しにも、全てを話そうとしない曖昧な態度にも、少なからず腹が立った。人殺しを擁護する余地なんてない。

 しかし、ランスは復讐に燃えている訳ではなかった。もし相手が目の前に立っていれば、黙って生かしておこうとは思えないかもしれない。けれど、同じようにやり返していては意味がない。そもそも復讐できるほど強くないし、ジジイとアズサが、そんなことを自分に望むとは思えなかった。

 だが艦長は、相手に同情しつつも殺すべきだと言っている。それは矛盾だ。ランスがそう言おうとする前に、彼はランスの目を覗き込んだ。

「少なくとも君は、復讐に囚われてはいない。闇に堕ちなかったみたいだね。君は強い」

「俺は強くなんかありません。何にも分かってないし、知らされてないだけだ」

 そう即答するランスを見上げる艦長の青い瞳は、ランスの瞳にぴたりと照準を合わせた。

「君くらいの年齢での強さは、周囲からどれだけ愛されてきたか、愛されていると感じてきたかに比例する。そのことを忘れないように」

 ランスは無意識のうちに、首から提げたアズサの十字架を掴んだ。

「君には、また話さないといけないことがある。でも今日はこのくらいにしよう」

 艦長は立ち上がると、執務机の上にある缶からチョコレートと思われる小包みをいくつか取り出し、ランスに手渡した。そしていつもの笑顔で「美味しいよ、それ」と言った。

「甘いほうの睡眠薬ですか?」

「そうだ。眠れないときに食べるといい。歯磨きの前にね」

 あの冷たさがどこかに消えてしまった目を見つめ返しても、彼が何を考えているか、もう分からなかった。

「また欲しくなったら言いたまえ。何か雑用仕事をあげよう。ただし沢山はあげられないよ。最近、一箱あたりの数が減らされたみたいだから」

 ランスは貰ったチョコレートが溶けないよう、包みの端を摘み、自室に戻った。

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